新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
ミサさんが言った、「人間、知らない方が良いこともあるわ。貴女は、貴博が好きだった。そして私は、貴博を愛していた。それだけのことよ」とは、いったいどういうことなのだろう?私は貴博さんを好きだったのに対し、ミサさんは貴博さんを愛していた。好きと愛しているの違いって……。知らない方が良いこともあるって、そんな含みを持たせた言い方をされて気になって仕方がないじゃない。
しかし、そんな思いにふけっている暇もなく、次の仕事へと移動しなければならず、大阪に向かう飛行機の中で再びそのことを思い出したが、考えているうちに眠ってしまい、気づくと空港に到着していて、そのまま迎えの車に乗ってラジオ局へと向かっていた。
それから休みも殆ど取れないまま、毎日のように慌ただしい日々を過ごしながら、いよいよデビューの日が決まり、デビューと同時にアルバムも出るということになって、そのジャケットの撮影をするために今日から5日間、ロサンジェルスに向かうため空港に居た。思えば、駆け出しの頃、朝一番の飛行機で雑誌の撮影のために集合場所に向かっていた私が、自分のアルバムのジャケットの撮影で、ロサンジェルスに行くなどという日が来ることを、誰が想像していただろう。しかもあの頃は羽田で、今は成田に大勢のスタッフと共に居る。そのスタッフは、全て私のためのプロジェクトの人達で……。
「泉ちゃん。まだ少し搭乗までには時間があるから、ラウンジで休みながら何か飲む?」
「はい。そうします」
デビュー前の私は、大勢のスタッフには居るが、まだまだそんなに知名度はなく、雑誌のモデルという地位であったため、周りの人達に気づかれることも殆どないので、割と自由に行動が出来た。
「それじゃ、向こうにコーヒーの美味しいお店があるから、そこでお茶でも飲もう」
「はい」
マネージャーとロビーを歩きながら移動をしていると、だいぶ離れた場所からでも、一際、私の視線を釘付けにする人の姿が見えた。普段、殆ど周りの人などあまり見ない私が、何故、視線をそちらに向けたのか?そして、こんなに離れた場所からでも、人目でわかるその横顔姿。
「貴博……さん」
無意味な電話を掛けてしまったあの日以来、否、その姿を見ながら、貴博さんと口に出して呼びかけたのは、あの別れを告げられた日以来のこと。
「貴博さん」
貴博さんの横顔を見ながら、全身が震えていた。