新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜



時空を超越して、瞬時にあの頃の出来事、貴博さんと共に歩んだ日々が蘇る。確かに貴博さんの温もりを感じられていた、あの束の間の時はもう戻らない。逢う度に緊張して、それでも勇気を出して手を繋いでもらった自分の行動は、若さだけではなく、緊張感の中にあっても貴博さんに癒されたいと願ったから。癒されていたからこそ、そんな行動に出ていたのだと思う。当時、気づけなかったこんな思いは時を経て、貴博さんから離れてみてわかった。それと同時に、自分がどれだけ貴博さんが好きだったか、どれほど大きな存在だったかも嫌というほど実感したのも事実だ。貴博さんにとって私は、ただ通り過ぎた女の一人に過ぎなかったのだろうか?そうは思いたくないし、思えない。あの貴博さんがそんなタイプの男性ではないことは、私が一番知っている。哀しいかな、これは好きになってしまったから故の贔屓目なのかもしれないけれど……。
貴博さんにもし再会したら、自分がどんな風になってしまうのか、想像すら出来ずに居たが、全身の震えとは裏腹に、心は何故か落ち着いている。それが意味することを、自分でもわかっていた。光陰矢の如し。貴博さんと別れてからの日々、暗雲が立ちこめていた周りの景色も、今は少し薄日が射してきている。この先の道を切り開く自分のためにも、きちんと区切りを付けよう。何より、私の夢と目標の実現を一番に考え、応援してくれた貴博さんのためにも。
「マネージャー。すみません、ちょっと……」
「ちゃんと、話しておいで。ここで待ってるから」
マネージャー……。
「ありがとうございます」
マネージャーは、覚えていた。貴博さんのことを。
みんなの支えがあってこそ、ここまれ来られた私。それを今、また身をもって感じずにはいられない。あの頃の悲惨だった私を後から支えてくれていたマネージャーは、最後まで見捨てずに居てくれた。そんなマネージャーや周りの人の思いなど知りもせず、ただ自分だけが不幸だと、この世の終わりのような心境になっていたことが恥ずかしい。今、貴博さんを掴まえて謝らなければ、一生、もう逢えないかもしれない。この機会を逃したくない。そう思うと、自然と貴博さんの元へと走り出していた。そんな私の姿に気づいたのか、ゆっくりと貴博さんがこちらを向くと、少し驚いた表情を浮かべながら近づいてくる私をジッと見ていた。
「貴博さん」
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