新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「そうだ。君に渡したいものがある」
貴博さんが、私に渡したいもの? 何だろう?
すると、貴博さんは持っていたビジネスバッグの中からシステム手帖を取り出すと、そのシステム手帖のカバーの内ポケットから何かを取り出した。
「あっ、これは……」
「いつの日か、もし、君に逢えたら渡したいと思って、いつも持ち歩いていたんだ。これは今年のだ」
貴博さん。どうしよう……。差し出された透明のプラスチックでパウチング・カバーされたものを受け取る手が震える。
「これを、私に……」
黙って頷いた貴博さんを見上げた視界が曇って、貴博さんの顔がよく見えない。そして受け取ったプラスチックでパウチング・カバーされたその上に涙が音もなく落ちて、小さな何個かの水滴を作り上げた。水滴がこぼれ落ちた、そのカバーの内側には、何時か貴博さんと見に行った銀杏並木の黄色く綺麗に色づいた銀杏の葉が一枚入っていた。
「いつか話した、この綺麗な銀杏並木を毎年見られるのは、手入れをしてくれているそうした見えない人達のお陰で維持できているからこそのこと。だが、不思議なことに気づいたんだ。毎年、少しずつこの葉っぱの色が微妙に違うんだ。見に行く時期にもよるのかもしれないが……」
毎年?毎年って、貴博さんは毎年、あの銀杏並木を見に行って、銀杏の葉を持って帰ってきてくれていたの?何時、私に逢えるともわからないのに、それなのに……。
「見えないところで支えてくれている人達の尽力に感謝しなければいけない気持ちは、場所や立場が変わっても、何人も同じだと思う。この銀杏の葉が色づき綺麗な並木を見せてくれるように、君は君らしい、君の最も輝ける色に、支えてくれる人達と共に綺麗に色づくことを、俺は願っている」
「貴博……さん」
あぁ、貴博さん。幾重もの偶然が重なり、縁あって貴方に巡り会えたこと、本当に嬉しく思う。私のかけがえのない誇りでもある。
「さぁ、マネージャーかな? あそこで心配している人がいるから、もう行った方がいい」
黙って何度も頷きながら、まだ貴博さんとの空間に一緒に居たい気持ちと、泣き顔を見られたくない気持ちが交錯して言葉にならない。しかし、そんな涙で曇っていた私の視界に、スッと貴博さんの右手が差し出されているのが見え、慌てて見上げると、貴博さんが優しい眼差しで私を見ていた。
差し出された貴博さんの右手に静かに自分の右手を差し出すと、その手をギュッと貴博さんが握った。
「元気で。身体に気をつけて」
「ありがとうございます。貴博さん……も」