新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「ありがとう」
あの銀杏並木の下で交わした握手。あの時とはもう、お互い立場が違うけれど、変わらない貴博さんの手の温もりを感じられて嬉しい。けれど、それはもう逢えないことをも意味している。そう思うと、何故だろう。自然と自分から手を離していた。
「貴博さん。さよなら……」
さよならの言葉を告げるか告げないかのうちに、走り出していた。
貴博さん。さよなら……。
貴方は私に夢と目標を持たせてくれた人。その私を一番応援してくれていた、大切で愛しい人。そして、自ら憎まれ役を買って出てまでも、その夢を実現させてくれようとした、私の夢先案内人だったんだ。
貴博さん。さよなら。そして、ありがとう。
「大丈夫?」
「はい。ご心配お掛けしました。大丈夫です」
「それじゃ、行こうか」
「はい」
マネージャーと話しながら、振り返ればまだ貴博さんがそこに居るのに、もう振り返ることはなかった。その昔、貴博さんに聞いたことがあった、あの貴博さんの香り。その香りが何なのか、今の私にはわかる。どうしても知りたかった、貴博さんのあの爽やかで仄かに薫る香り。それは、シトラスジンジャー。
「すみません。遅くなってしまって……」
「忙しいのに、わざわざ届けてもらって悪かったな」
「いえ……そんな。これからまた、このまま出張に行かれるんですよね?」
「あぁ。帰ってからもう一度出直すより、このまま行った方が時間的にも短縮できるから。だから、書類を持ってきてもらって助かった」
「あの……」
「ん?」
「さっき話されていた女性の方は、その……高橋さんの彼女ですか?」
見ていたのか。というより、恐らく、会話に割って入って来るタイプではないから、終わるのを待っていたのだろう。
「違うよ」
「えっ? 違うんですか? 私、てっきり泣いていらしたから彼女だと思いました。出張で忙しい高橋さんと、なかなか逢えないからかと思って……」
「フッ……。意外と、妄想や想像力があるんだな」
「……」
「そんなんじゃないよ。遠い昔。お互いに夢を持って、目標は違ったが励まし合って頑張っていた同志とでもいうのかな?」
「同志……ですか?」
「そう。若かった頃の話しだ」