新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

彼女を同志と呼んで良いものかどうかはわからない。けれど、互いの夢に向かってひたすら走っていたあの頃があったからこそ、今の自分がある。若気の至りで家を飛び出した俺を優しく迎えてくれたミサと過ごした日々。そのミサから告げられた突然の別れ……。あの時、荷物を纏め出て行く君の後ろ姿に、ただ呆然と立ち竦みながらひと言も声を掛けられなかったが、今の俺だったら果たして声を掛けられるだろうか?
「人は過去の出来事を記憶して、それを幾度となく蘇らせながら成長していく生き物なのよ」と言ったお袋の言葉。ミサとの別れを機にボロボロになった俺の心を支えていたのは、ある意味、やはりミサだった。安定した職業に就いてミサを見返してやりたいと思っていた俺に、教授の助言から見出した将来の生業。その仕事に就くことを目標とし、その先にあるものは何だったのだろう。まだ夢に向かっている途中だから釈然とせず、先が見えて来ないのだろうか?将来の夢と目標を決めた俺と共に歩んできた彼女の夢の実現を妨げないよう、選択した別れ。その別れもまた、俺と同じように彼女に荒んだ日々を過ごさせてしまう。しかし、その彼女を救ってくれたのは、皮肉にもミサだった。彼女の夢を実現させることに一役買っていたのもミサで……。ミサを見返してやりたいと思った俺なのに、間接的にミサに助けられている。彼女の仕事柄、どうしてミサとの接点が生まれていたから仕方のないことだが、ミサの存在を拭い去れない俺はまだまだだ。
その昔、ミサが言っていたことを思い出していた。
「ニューヨークのマンハッタンの街並みは、昼はビジネスマンとキャリアウーマンの街そのものといった、昼の顔を見せてくれるの。そして、夜になるとそれはガラッと変わって、また別の顔を見せてくれる。あの世界で毎日過ごしていたら、もっともっと向上心が生まれると思うわ」
もっともっと向上心が生まれると思う……か。
夜の帳が開くも、まだ眠らないマンハッタンの雑踏に独り佇みながら、行き交う人々の国際色豊かな人種に、この地に立つ自らも異国人としての自覚を忘れてしまいそうだ。
今、この時。この場所に立ちつつも、まだ君を思い出してしまう俺を、君は浅はかな男と蔑むだろうか……。
熱いシャワーを浴びて、高層階の窓から見た景色は、また先ほどとは違った煌びやかなネオンと共に夜の街並みを映し出してくれている。人は、時間に追われながらも、自分の人生は生き急ぐべきではない。見えるものも見えなくなってしまい、時として判断を誤ってしまうことすらある。これが、俺がミサと別れて得たもの。焦ったところで何ら解決にはならない。自分を見失った時には、立ち止まって振り返ることもまた必要で、それは後にはどんな形であれ、自分の糧となる日が訪れる。苦しみから逃れるのではなく、苦しい時は苦しいと素直に自分を認め、心を休ませる。
「ミスター・タカハシ。お迎えの車の用意が出来ました」
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