新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「良い手本も、身近に居る」
教授の言った良い手本とは、いったい誰のことなのだろう?
「貴博、レポート出来た?」
ゼミ合宿で、これほど頭を使ったのも初めてだろう。噂には聞いていたが、全く遊べないゼミである。
ゼミ生それぞれが課題のレポートに追われ、就寝時間を削ってレポートを仕上げている。俺と同じように進路を決め倦ね、藻掻いている三年に四年生が手を差し伸べている光景を見ると、人ごととは思えないがそんな俺にも余裕はなかった。
「まだ大枠しか出来てない。一筋縄じゃいかない教授だから、小手先だけの文面だと突き返されるのも目に見えてるし……。そうだ、仁。四年生の中に公認会計士を目指してる人居る?」
「公認会計士?」
あまり興味のなさそうな言い方をしながら、仁の瞳はしっかり俺を捉えている。
「新井さん……じゃないかな」
新井さん……。
高校のバスケット部の先輩でもあり、このゼミに入ったのも新井さんの紹介でもあった。
「確か、そうだったと思う」
「Thank you!」
仁がその先を何か言いたげだったが、俺がその前に行動に移し部屋を出て四年生の部屋に向かっていた。
新井さん……。新井さんも、会計士を目指しているのか。
ノックをして返事が聞こえたので、ドアを開ける。
「失礼します」
すると真正面に新井さんが座っていて、煙草を吸っていた。
「よぉ、高橋。どうした?」
「新井さんに、ちょっとお聞きしたいことがありまして」
「俺に?」
唐突な俺の言葉に首を傾げながら新井さんは、煙草の火を消すと立ち上がってドアの方へと来てくれた。
「何だよ、改まって」
「はい。お尋ねしたいことが二、三ございまして」
突然尋ねてきて、いきなり質問される身に置き換えたら誰だって面食らうはずだ。
「いいよ。それじゃ、下に行こうか」
「はい。申し訳ありません」
新井さんは何かを感じてくれたのか、テレビがついていたし他の四年生も居たので、敢えて自ら場所を変えてくれた。
ロビーに座り、新井さんが煙草を出して俺にも勧めたが断ると、煙草に火を付け灰皿を自分の方へ引き寄せた。
「で? 改まって、俺に聞きたいことっていうのは」
「はい。新井さんが公認会計士を目指されていると伺ったので、是非お伺いしたいと思いまして」
すると新井さんは、煙草の灰を灰皿に落としながら俺を見据えた。
「説明出来るほどまでには、俺もまだ至っていないぞ。俺は今年、会計士補の試験に落ちたし」
「新井さんが……ですか?」
新井さんほどの優秀な人でも会計士補に落ちるのか。ということは、やはり公認会計士ともなると、もっとそれ以上に難関ということなのだろう。
「高を括っていたこともあるが、想像以上に難しい。来年は社会人になっている訳だから、今までより勉強出来る時間も減るだろう。そうなったら税理士に切り替えた方が良いのかもしれないとも思い始めているよ」
新井さん。