新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「高橋は、会計士を目指すのか?」
「はい。あぁ……いえ、まだ決めた訳ではないのですが、十分魅力を感じてはいます」
「魅力か……。魅力は魅力だな。しかし俺が言うのも何だが、取り組む姿勢が物を言う気がしたよ。まず簿記一級はすぐにでも取れ。受験資格でもある経理実務経験の必要性もそうだが、経理上のことを少しでも身近に感じられるよう、会計事務所などでバイトもした方がいい。いろいろ参考になることも多いはずだから」
「はい」
必死に新井さんのアドバイスをメモする俺に、更に新井さんは続けた。
「収入的に、会計士は大規模企業や監査法人に入れば安定しているし、他の同じ歳の奴よりは実入りもかなり多いだろう。但し、独立してやろうというと一外には言えないかもしれないが……」
「そうなんですか」
収入的に安定している。実入りも多い。この言葉が俺の胸に突き刺さっていた。俺に一番足りなかったもの。一番欲しかったものとも言えるのかもしれない。
新井さんのこの言葉が俺の耳に響いていたと同時に、時空を超えて蘇った苦い場面が思い出された。
俺に一番欠けていた、安定した収入。男の甲斐性。
それ故に、最愛の人を失うことになったと言っても過言ではなかった愚かな自分本位だった恋の末路。
経済力を身につけ、もう一度、君の前に現れたいとさえ思惑するのは、どこかでまだ君が待っていてくれているんじゃないかと思ってしまう、心の甘え。
されど、非現実的な考えだということも一番自覚している俺は、きっとこの先も君の面影を追いながら生きていくのだろうか。
どうせ惰性で生きる人生ならば、その惰性の人生を生き抜いてみせたい。
「高橋?」
「あっ、スミマセン」
どうも駄目だな。思い出すと深みに嵌っていく。
「だがな、高橋。簡単に手に入るものには魅力は感じないものなんだ。困難を極めるが故に手に入った時の達成感は計り知れない。人間というものはそういう性なんだよ」
新井さん……。
新井さんの言葉の端々に、ある種の決意のようなものが、こちらにひしひしと伝わってくる。
「新井さんは何故、会計士を目指そうとなさっているんですか?」
「目指そうとした理由か?特にはないんだが……。こんなご時世だから何かしら取り柄がなければ、安定した収入は得られないかなと思ったからかな」
何かしら取り柄がなければ、安定した収入は得られない。新井さんなりに身近に迫った社会生活に真剣に向き合っての結論なのだろう。