新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

「たとえば、嬉しい表情をして下さいと言われて無理して笑顔を作ったところで、人に本当の嬉しさを伝えることは出来ないけど、実際自分が嬉しかった、嬉しいだろうなという場面を想像してみれば、自然な笑顔になれると思う。悲しい表情の時も同じ。こんなことをされたら悲しいと思えば、悲しい表情が自然と出てくるんじゃないかな。あくまで自然体で、いつもの君らしさを出せれば、審査をする人の心に響く何かを伝えられると俺は思うよ」
「貴博さん。ありがとうございます。私、少し希望が持てそうです」
「フッ……。そりゃ、良かった。最も俺自身にも、それは言えることなんだけどさ」
エッ……。
「貴博!出番だぞ」
その時、遠くで仁さんが貴博さんを呼ぶ声がした。
「出番らしい。それじゃ」
あっ、貴博さん。
行っちゃった……。

立ち上がって、足早に行ってしまった貴博さんの後ろ姿を目で追いながら、オーディションへの希望を胸に抱きつつ、貴博さんへの思いが尚一層膨らんでいく自分の気持ちに気づいてしまっていた。

オーディション当日は、やはり応募者の数に圧倒されて尻込みしそうしなってしまったが、貴博さんの言葉を胸にここで逃げてはいけないと思い直し、会場の扉を開く。
すると、まずは集団ウォーキングから始まり、ここで初めて気づいたことがあった。
今更、遅過ぎるのかもしれないが、限られた時間内に、いかに自分という存在をアピール出来るか。それが一番重要であるということ。
ウォーキングをしながらすれ違う他の応募者の表情を見ると、皆一様に笑顔を浮かべながら審査員の方を見ていて、慌てて自分も倣うありさま。
オーディションを受けに来ている人達と私とでは、すでに受ける心構えが違っている。でももうここで焦っても仕方がない。
自分らしく行こうと気持ちを切り替え、無理に笑顔は作らずありのままの自分を見てもらおうと努めた。
その後詳細に書いてあった表現力のパフォーマンスは、応募者多数のため今回はなくなり、
その代わり二次審査が後日行われることになって、一次審査通過者にはその通知が二週間以内に届くというものだった。
やるだけのことはやったんだから……。取り敢えず結果を待とう。
翌日からまたいつも通りの雑誌の仕事に出掛け、そこで先に撮影に入っていた仁さんを見掛けたので貴博さんも来ているかと思い、昨日の報告がしたくて周りを探したが、貴博さんの姿は見当たらなかった。
これから来るのかな?
「泉ちゃん。おはよう」
「おはようございます。あの……」
「貴博だったら、しばらく来ないよ」
エッ……。
「しばらく来ないって、貴博さん具合でも悪いんですか?」
「いやいや、そうじゃないよ。あいつも、やっと将来の目的が見つかったらしい」
将来の目的?
< 28 / 181 >

この作品をシェア

pagetop