新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
あっ。そう言えば、あの時……。
「フッ……。そりゃ良かった。最も俺自身にも、それは言えることなんだけどさ」
あの時、貴博さんが含んだような言い方をしたのは、何か自分の中で決意のようなものがあったからだったのかな。
「仁さん」
「言えないよ」
「えっ?」
「俺からは、言えない。直接……貴博に聞いて。あっ、でも当分来れないみたいだけど」
「そうですか……。あの、貴博さんに会ったら伝えてもらってもいいですか?オーディション、無事に終わりましたって」
「了解。それじゃ俺、今日はもうあがりだから。お先に」
「えっ? あっ、お疲れ様でした」
「仁、まだいたのか? とっくに撮影終わってるだろ?」
「もう帰りますよ」
エッ……。仁さん……。
もうとっくに撮影終わっていたのに残ってたのは、もしかしてそれって私のために?私に貴博さんがしばらく来ないことを、わざわざ伝えるためだったんじゃ?
仁さんの優しさに、感謝しなきゃ。
それからというもの、仁さんが言っていたとおり、本当に貴博さんは姿を見せなかった。
そのせいか、何だか撮影の仕事が入ってもいつものように張り切って現場に向かえない。こんなことじゃ駄目だよね。自分のペースで頑張らなきゃ。
オーディションの結果は、残念ながら今回は……の文字が並んでいた。でも何故か不思議と落胆は激しくなかった。
きっと目の当たりに見た他の応募者のオーディションに対する姿勢を見ただけで、すでにあの場で負けを認めざるを得なかったから。
しかしこのことをきっかけに、自分でオーディションを受けたいというモチベーションが高まり、手当たり次第ではなく受けてみたいと思ったオーディションに応募するようになっていった。
そして……。
あるオーディションで、「二次審査に残りました」という通知を受け取ったのは、初めてオーディションを受けてから一年後のことだった。
二次審査の日は……っと。
うわっ、沖縄の撮影がある二日前だ。ギリギリ審査は受けられるから良かったぁ。
沖縄に行く準備もオーディションのことで頭がいっぱいで、まだ何も手に付かないまま二次審査の当日を迎えてしまった。
大人数でウォーキングするだけの一次審査とは違い、指定された時間に開場に向かうと、案内された部屋には二十人近くの応募者が座る椅子が用意されており、順番に一人ずつ別室に呼ばれ、面接形式での審査が行われる。
いよいよ名前を呼ばれて部屋に入ると数人の審査員の人が座っており、その目の前にひとつの椅子が用意されていて、そこに座るよう指示され着席すると、まるで上から下まで沢山の視線が一斉に集中してきて生きた心地がしない。
でもトップモデルともなると、こんな数の視線など比じゃないはず。人に見られるという仕事は、いかに常に自分を磨いているかに掛かっているんだ。一瞬たりとて気は抜けない。必ず、あとで竹篦返しが来るのが常。