新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

撮影の合間も、今日に限って貴博さんとはすれ違いばかりで話すチャンスがない。せっかく会えたのに、まだひと言も話せてないなんて……。
今日は泊まりだから、終わったら話せる時間あるかな。
普段より長い長い撮影がようやく終わって、ホテルで着替えて指定されたレストランに顔馴染みのモデルの子と食事に向かうと、貴博さんと仁さんが、入りたての新人モデル達に囲まれながら食事をしていた。
「あの新人達、仁さんは知っていても貴博さんに会うのは初めてなんじゃない?だからあんなに積極的になっちゃって……。最近の子は、何か凄いね」
「そうね」
気になって仕方のない自分の心に?をついて、敢えて興味ないような素っ気ない態度をしてみせる。
時折、聞こえてくる新人達のはしゃぎ声に気持ちを逆撫でされながら、味もわからないまま、ただ口に食べ物を運んでいる感じだ。
「お先に」
「もう食べないの?」
「うん。何だか暑くて食欲ないんだ。ちょっと、散歩してくるね」
すぐ近くに貴博さんが居るのに、話すことさえ出来ないなんて。
地平線が茜色に染まった海岸の砂浜を歩きながら、もう聞き慣れてしまった潮騒の音をバックに歩きづらさからミュールを脱いで、裸足で波打ち際をゆっくりと歩いていた。
ひんやりとした海水に濡れた砂の冷たさが、心地よく感じられる。長く伸びた自分の影に、人知れず寂しさを感じるのは、夕暮れ時だからだろうか。
ふと、その時、人の気配を感じ左肩越しに振り返ると、自分の影の隣にもうひとつ影が出来ていて、その影が自分の影より先に長く伸びていた。
「もうすぐ、日が沈むな」
エッ……。
驚いて慌てて右側に振り返ろうとした時には、もうひとつのその影の持ち主はすでに隣に立っていた。
「貴博さん……」
どうしよう。夢にまで見た貴博さんが今、私の隣に立っているなんて信じられない。
「久しぶり」
「お、お久しぶりです」
間近で見た貴博さんは、気のせいか一年前より男っぽくなった気がして夕日の反射している相乗効果も手伝ってか、いつも以上に眩しく見える。
「何か……あった?」
「えっ?」
「何だか忙しそうに、朝からいろんな表情を見せていたから」
忙しそうにって、貴博さん。
「そ、そんなことないですよ」
思い当たる節があった。きっと朝の空港では本当に久しぶりに貴博さんに会えて嬉しくて仕方がなかったのにひと言も話せなくて、こっちに着いてからも撮影中全然話が出来ずにいて、仕事が終わってから話そうと思っていたら、今度は新人達の邪魔が入って……。
でも……。
貴博さん。もしかして、私のこと気に掛けてくれてたの?もしそうだとしたら、嬉しいな。
「も、もしかして、貴博さん。私のこと気にして下さってたんですか?」
我ながら大胆な発言だと思ったが、何だか今の気持ちを悟られたくなくて茶化して見せてしまった。
「そうかもしれないな。でも忙しそうに表情が変わるから、見ていてなかなか飽きなかったよ」
「貴博さん! 酷い。あっ……」
こんな冗談、言ってる場合じゃなかったんだ。ちゃんと報告しなきゃ。
貴博さんに、一番に報告したかったんだもの。
「貴博さん。私……」
「ん?」
面と向かって報告するとなると、少し勇気がいる。大きく深呼吸して貴博さんを見た。
視線を反らせては、意味がない。ちゃんと、貴博さんの目を見て報告したい。
「貴博さん。私、昨日通知が来て、専属モデルのオーディションに合格しました。今度、正式に契約することになったんです」
「ホントに?」
貴博さんは本当に驚いた顔をして、その後、優しい笑みを浮かべながら私を見てくれた。
「おめでとう。良かったね」
あぁ……。きっと私は貴博さんから、この言葉を言ってもらいたかったんだ。貴博さんに言われた途端、熱く込み上げてくるものがあった。
「ありがとうございます。貴博さんのお陰です。貴博さんがあの時、私に教えて下さったことが本当に役に立ちました」
「俺は、何もしちゃいないさ。君の努力の賜だよ。本当におめでとう」
貴博さん……。
「貴博さん、ありがとうございます。でも本当に、貴博さんのお陰なんですから」
「フッ……。そっくりそのまま、その言葉を君に返すよ」
エッ……。
「俺はこの一年、正直苦しいことも多かった。だけど挫けそうになった時、不思議と君と話したあの時の言葉が蘇ってきて、また机に向かうことが出来たんだ」
机に向かうことが出来た?
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