新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

そして、何より貴博さんともう会えないかもしれないという思いから、涙が止まらない。
「泣くことないだろう? 君は、夢に一歩近づいたんだ」
「貴博さん、だって……」
言葉に詰まってしまい、貴博さんの胸に顔を埋めた。
今日も、良い香りがする……。
「その貴博さんっていうの、もうやめない?」
「えっ?」
「貴博でいい」
「貴博さん」
「ハハッ……また」
あっ。ついいつもの癖で、貴博さんと言ってしまう。
「貴博……」
「よく出来ました」
すると貴博さんが、おでこにキスをしてくれた。
「でも、やっぱり無理です。貴博さんでもいいですか?」
「フッ……。いいよ。俺には変わりない」
「あの……貴博さんのその香りって、どこのブランドですか?」
「内緒」
エッ……。
思わず貴博さんの顔を見上げると、悪戯っぽく笑っていて、まるで少年のよう。
それから貴博さんは、これからの貴博さんのことを話してくれた。貴博さんが目指しているものは、公認会計士だということ。
詳しい内容は難しくて全然わからないけれど、この一年、公認会計士になるために専門学校に通っていたこと。その資格を取るためには、いろいろ事前に取らなければいけない資格もあって、そのひとつの会計士補に合格したこと。今は公認会計士の試験を受けるために、会計事務所でバイトをしながら勉強しているということ。
そう言えば、就職活動をしているとも言っていた。貴博さん。きっと、毎日ビッシリ予定が詰まっていたんじゃないのかな?もちろん、今も……。
息抜きに来たというようなことを言っていたけれど、体調は大丈夫なのかな?心配だな。だけど、貴博さんのこの一年の出来事を聞けて、正直本当に嬉しかった。
私の何倍も、何十倍も大変だったに違いない。けれどそれを貴博さんは、おくびにも出さなかった。きっとそれは、相当な決心の表れだからこそなのかもしれない。
私も、もっともっと頑張らないといけないな。私自身、これからどんな生活が待っているのかも想像出来ない、専属モデルの仕事。でも貴博さんは、これからも会ってくれそうな雰囲気だった。
そう思っているのは私だけなのかもしれないが、携帯の番号とメールアドレスの交換をしていたから。
自分の良いように考えてしまって、貴博さんと完全に切れてしまう訳ではないと思える、お守りのような貴博さんの携帯の番号とメールアドレスだった。

沖縄での仕事を終え羽田に着くと、いよいよお別れの時が来てしまう。
昨日、貴博さんと夢のようなひとときを過ごせたのが?のよう。
羽田に着くと自由解散となり、貴博さんの姿を見失ってしまった私は、挨拶すら出来ないまま空港を後にしてバスを待っていた。
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