新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「はい」
ミサさんは、真ん中に立っているだけだ。
「いいね。そしたらミサさんの顔に、二人の顔を近づけて」
言われるままミサさんに左頬を近づけるが、すでにもう心臓が悲鳴を上げそうなぐらい速くなっている。その間も、カメラのシャッター音は響いていた。
「泉ちゃん。もっとミサさんに、顔寄せて」
「はい、スミマセン。あっ……」
カメラマンの人の注文に敏感に反応したミサさんが、いきなり私の右頬に手を回し、メイクが落ちないよう指先で自分の方へと寄せた。
「仕事に、遠慮はいらないわよ。好き好きって、もっと寄ってきて」
「は、はい」
アッハ……。好き好きって、ミサさんったら何かお茶目だな。こんな事言う人だとは思ってもみなかった。
「いいね。今の三人の笑顔は、自然でいいよぉ」
あっ……。
きっとミサさんは私が緊張しているのがわかっていて、あんな事を……。
そう言えば昔、貴博さんも同じようなことを言っていた気がする。
「別に遠慮しなくていいよ……。いや、別に謝ることはないよ。仕事なんだから気にしなくていいから」
貴博さんが私に言ってくれた言葉が、ミサさんが掛けてくれた言葉とダブる。
それから和みながらの撮影となり、表紙の撮りが終わってから他の衣裳に着替えての撮影も緊張から解かれた感じで、私としては無難にこなせた感じだった。
「それじゃ、明日はまた早朝から外での撮影ですから、よろしくお願いします。お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
控え室に戻ろうと他のモデルの子と通路を歩いていると、先に撮影を終え私服に着替えたミサさんが、一番奥の控え室からこちらに向かって歩いてきた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様。あっ、ちょっと待って」
先に他のモデルの子が控え室のドアを開けて入って行ったので、後に続こうとしたその時、ミサさんに呼び止められた。
「は、はい」
何か私、失礼なことでもミサさんにしちゃったのかな?呼び止められた理由がわからず、恐る恐るミサさんの方を振り向いた。
「あなた、前の事務所にはいつ頃まで居たの?」
ミサさん……何でそんな事聞くんだろう。
「あの……。二ヶ月ぐらい前まで居ました」
「それじゃ、あなた。貴博を知ってるの?」
「えっ……」
どうしよう。貴博さんが心の底から好きだったミサさんが今、私の目の前に居て……。しかも、貴博さんのことを聞かれている。
貴博さん。私はどうしたらいいの?貴博さんのことを、ミサさんに話してもいいの?ミサさんに貴博さんのことを話してしまうことで、また貴博さんを苦しめることにならないのだろうか。