新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

「す、すみません。私……」
「あなた……。もしかして、貴博のこと……」
「し、失礼します」
慌ててお辞儀をすると、そのまま控え室へと飛び込みドアを閉めた。
もしかしたら私が貴博さんを好きな事を、ミサさんに悟られてしまったかもしれない。まだ心臓がドキドキしている。ミサさんは結婚したのに、何故まだ貴博さんに拘っているのだろう。
ざわざわとうるさいぐらいに胸騒ぎがして仕方がない。貴博さんをミサさんに取られてしまいそうで、何だか怖い……。

「月並みですが、当社を選ばれた志望動機をお聞かせ下さい」
きっと毎年同じ事を何十回、否、担当者によっては何百回かもしれない。こうして就職面接時に学生に聞いてきたのだろう。そして今、俺にも同じ問いを掛ける。事務的とも人によっては取れるような聞き方で……。
就職活動に於ける面接について、教授からは何一つアドバイスをゼミ生は貰えなかったので、その会社に採用されたOBが面接でどんな事を聞かれたかなど、回顧録として残していってくれていれば大学の就職求人の各社のバインダーに挟まっているので、そこから何年か前の情報を吸い上げるしか手立てはなかった。
新井さんの会社も会社訪問をしてみて、とてもグローバルな考え方に好感が持てる会社だったが、すでに確立されている会社であったことに安定は望めても発展と探究することに関しては底を尽きている感があり、その点で自分の力を試す場所として終の棲家にはならない気がした。
就職したからには、最後までその会社に骨を埋めるつもりの覚悟を決めている。自身のステップアップとして転職を取り入れる人もいるが、自分としては今のところそういった考えは微塵もなく、その代わり全ての面で能力を発揮出来る場所を望んでいる訳で……。
「はい。私は、現在公認会計士を目指しております。そのライセンスを生かせる場所として、御社は国内外に多数の支店があること。また経理上の分野に現在力を入れているということを新聞報道等で知りまして、自分も是非その中の一員として御社の発展に力を注ぎたいと思ったからです」
実際、この会社は経常利益がマイナスに転落し、四半期決算も下方修正を余儀なくされている。そんな会社を何故選ぶのか。だったら同じような会社でも黒字経営のもう一社の方が良いに決まっているのにと家族には反対されたが、自分としてはそのもう一社については少なからず、その黒字経営に対し疑問視していた。
「なるほど。高橋さんは公認会計士を目指しているから、会計士補の資格を持っているのですね」
「はい」
< 41 / 181 >

この作品をシェア

pagetop