新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「はい。どの会社に入っても、順風満帆にすべて事が上手く運ぶとは思っておりません。返って最初にそういった事が少なからずわかっておりますと、私自身も身を引き締めて社会人としての門出を迎えられると考えています」
経営危機を隠して、行くところまで行ってしまってから公にする企業より、膿は早く出してプラス・マイナスゼロに戻して新たに出発した方が、結局痛手は少なくて済むということを会計学で学んでいた俺は、この会社の方針は正論だと位置づけていた。
「経営のコンサルタント業務も公認会計士の資格を持っていれば出来るので、昨今の企業は公認会計士のコンサルティング業務を重要視しているようですが、では高橋さんは、具体的にどのような気持ちで仕事に臨むつもりですか?」
「はい。経営はやはり人の立場に立ったものの考え方が出来なくてはいけないと思います。常に冷静に収益と純利益、差益もそうですが、その前に人件費などの経費削減があってこそだと思っています。しかし、削減ばかりを重視してしまっては環境等が整いません。人件費をとってみても、人員削減から来る一人あたりの仕事のウエイトが増えれば、時間外労働も増えてしまう悪循環を生んでしまいます」
「人の立場に立ったものの考え方と、経費削減との兼ね合いがあるということかな?」
社長が身を乗り出して、俺に問い掛けていた。的を射てない回答をしているのではと、両サイドの役員は顔を見合わせている。
「はい。図書館などで膨大な数の本の中から一冊の本を探そうとしている時、本の大きさなどによって背表紙が前に出ていたり、後ろに引っ込んでしまっていては探すのも大変ですが、本の背表紙を棚の手前に合わせて並べてあれば少しでも探しやすいというものです。人の立場に立って考え、ちょっとした工夫でスムーズに仕事が捗ることもあると思うのです。扇に例えますと、例え扇の先がバラバラになってしまっていても、要さえしっかりしていれば幾らでも修理は可能です」
俺の言動に役員達が会話を始めていた。きっと学生の分際でわかったような口の利き方をしたからだろう。だが、俺はこの社長面接に賭けていた。真っ当な企業のトップだとしたら、例えたかが学生の言い分だとしても聞く耳は持ってくれるはずだと。けんもほろろに突き返すようなトップだとしたら、それまでの企業だと……。
「なかなか高橋君は、経営の手腕を持っているようだな。いちばん会社として、痛いところを突かれた気がするよ」
「……」
咄嗟に、返す言葉が見つからない。まさか社長から、賞賛とも皮肉ともどちらにも取れるような言葉を掛けて貰えるとは思ってもみなかった。
すると社長が、何度も見覚えのある恐らく人事の人だろう、角に立っていたその人に合図をした。
「面接はこれで終わりです。高橋さんが我が社とご縁があるようでしたら、明日までにご連絡させて頂きます。本日は、ご苦労様でした」
「はい。ありがとうございました。失礼します」
自分の思ったことを、包み隠さず言える企業。そういうフランクな企業は理想なだけで、今時の日本には存在しないのだろうか。部屋を出てドアを閉めた途端、この面接に落ちたと確信していた。
やり場のない気持ちでこのまま家に帰る気分にもなれず、スーツを着たままだったが大学に行って取り敢えず就職課で次の訪問先の会社でも探そうと思い電車を待っていると、マナーモードにしていた携帯が震えだした。
「はい。高橋です」
「もしもし、日本トラベル空輸の人事の山崎と申します。高橋さん、今お話させて頂いても大丈夫でしょうか?」
「はい。先ほどはお忙しいところ、ありがとうございました」
「こちらこそ、何度もお越し頂きましてありがとうございました。この面接が最終面接でして、是非、高橋さんに我が社にお越し頂きたいと思います」
「えっ?」