新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

「先ほどの面接で、社長の相馬がとても高橋さんを褒めておりまして、他社に優秀な人材を採られてしまっては重大な損失になると申しまして、すぐにご連絡をさせて頂きました。高橋さん。一応、今の段階では内々定という形ですが、後日、内定通知書をお送りさせて頂きますのでよろしくお願い致します」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
その後、健康診断の日程の連絡など諸々のこれからのスケジュールを聞いていたが、メモするだけでいっぱいで、電話を切った後も二台ぐらい電車を見送っていた。
第一志望の会社に、受かってしまった……。
就職活動がもう終わったということもそうだが、一企業に自分の意見に少しでも耳を傾けてもらえたような気がして、その事の方が就職活動が終わったことよりも嬉しかった。
就職の内定を貰えたので、これから卒業までの期間は会計士の勉強に本腰を入れられる。何としても会計士の試験に合格しなければ。入社二年目の春には受験資格がある訳だから、絶対に一発で受かりたい。内定を貰えたからといって、浮かれてはいられない。気を引き締めないと……。
乗ろうとしていた電車には乗ったが、そのまま大学には行かず家に帰るとお袋が面接の手応えを聞きたそうな顔をしながらも、俺の素っ気ない態度にグッと堪えているように見えた。
「内定もらったから」
「えっ? 貴博。内定もらったって、どこの会社から?日本トラベル空輸は今日面接だったんでしょう?他の会社も受けてたの?」
まさか今日面接を受けに行って、帰ってくる前にもう内定を貰ったなどとは、流石にお袋も想像出来なかったのだろう。
「受けてないよ。日本トラベル空輸から内定もらった。着替えてくる」
「日本トラベル空輸からって本当に?ちょ、ちょっと貴博。待ちなさい」
二階に駆け上がり部屋に入った途端、ネクタイを緩め椅子の背もたれに投げ掛けた。内定を貰った喜びと共に、ミサへの感情が込み上げている自分に気づいていた。
ミサ。一歩、また君に近づけた。俺も来年から社会人として働ける。収入を得ることが出来るようになるんだ。
その時、スーツのジャケットの内ポケットの中で携帯が震えていた。
「もしもし、貴博。今いい?」
「あぁ。仁、どうした?」
「来週の火曜日なんだけど、単発でモデルのバイトしてもらえないかって、今クラブから連絡があったんだ。」
「来週の火曜日?」
「最初、俺も今忙しいし貴博はもうクラブ辞めてるからって断ったんだけど、何でも先方から俺達を指定してきたらしいんだ。だから日当は弾むとは言ってたけど、どうする? 貴博は無理だろう? 早朝から一日潰れるし」
火曜日か。特に会社の面接もないし、今のところ予定は何もない。
「俺は大丈夫だ。でも、仁は行かれるのか?」
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