新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「えっ? 大丈夫なのか? 俺は火曜日だったら行かれるけど、貴博は会社から連絡とか面接があるんじゃないのか?」
「あぁ。内定貰えた」
そう言えば、最近仁ともゆっくり話してなかったな。お互い就職のこともあったし、授業もこの時期休講が多く、大学にも殆ど顔を出していなかったから。
「ホントか? 良かったな。そしたらクラブに連絡しておく。ゆっくりその時、話聞かせてくれ。それじゃ、お台場のショッピングモール北ゲート前に6時集合。駐車場があるから車もOKらしい。俺は車で行くけど」
「わかった。Thank you! 仁。じゃあ、火曜日に」
携帯を切るとドアをノックしている音が聞こえ、お袋が何か外で言っている声が聞こえた。
「貴博。入るわよ」
「あぁ」
ドアを開け、待ちかねたような表情を浮かべながらお袋が入ってきた。そりゃそうだろう。自分の息子が就職先の会社から内定を貰ってきたことは嬉しいはずだが、手放しでは喜べないような雲行きが怪しくなっている経営状態の会社に、敢えて就職する訳だから。
「貴博。本当に、もう他の会社は受けないの?」
やっぱり、そこか……。
「受けないよ。もう決めたんだ。俺は、あの会社に就職する」
お袋が止めたとしても、もう決めた事。
「貴博……。大丈夫なの?」
「何が?」
「だからあの会社は、この先危なくなるんじゃない?」
親としては、そこを心配するのは当然だよな。
「お袋。危なくなったとしても、企業は個人と違ってある程度まだ余力を残しているからこそ、前倒しして赤字決算報告をしたりするんだ。立て直しが出来るも出来ないも、その後が肝心なんだよ。俺はその立て直しがしたいと思ったからこそ、あの会社に就職する」
前途多難なことは、わかっている。だが最初から覚悟を決めていれば、ダメージも少なくて済む。惰性で生きる人生より、たとえ惰性でも生き抜いてみせる人生を。そんな俺には十分手応えを感じられる社会人としての第一歩だと思える。
「でも貴博が就職する前に、もっと経営が悪化したりして内定取り消しとかになったらどうするの?」
「その時は、今のバイト先であと一年働かせてもらって公認会計士の資格を取る。それでまた新たに就職先を探すよ」
我ながら、甘いとも思う。人生、そんな何でも自分の思い通りに事が運ぶわけがないということは、身をもって実感している。だが、俺は公認会計士にどうしてもなりたい。なりたいというより、ならなければいけないような気持ちに最近はなってきているのだが。
「公認会計士?」
公認会計士と聞いて、お袋が驚いた顔をして俺を見ている。そう言えば、会計士になるということを話してはいなかったな。会計の専門学校に通っている事も話していなかったし、そのお金も会計事務所のバイト代で賄っていたから、お袋はそこまでは知らなかった。会計事務所のバイトも、先輩の引き継ぎでやっているとだけ言っていたし……。
「そう……。それなら、何ももう言わない。あなたの将来は、あなたが責任をもって決めることだから。でも貴博。これだけは、言っておくわ。あなたがどんな理由から公認会計士になろうとしたのかは知らないけれど、一度決めたからには最後まで全うしなさい。中途半端に投げ出したり、安直な方法を見つけてそちらの道を選んだりしては駄目よ」