新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
きっとお袋が言う安直な方法というのは、税理士のことだろう。会計士よりは少しばかり受かりやすい資格であるが故、暗にそう言ったのだ。
「わかってるよ」
「それならいいわ。貴博、内定おめでとう。社会人になっても頑張りなさい。山茶花の花言葉のようにね」
「山茶花の花言葉?どういう意味?」
知らないよ、そんな花言葉なんて。
「それくらい、自分で調べなさい。ご飯出来たら呼ぶから」
「……」
お袋はそう言うと、そのまま部屋のドアを閉めて階段を下りていく音だけが響いていた。
山茶花の花言葉って何だ? スーツを脱いで部屋着に着替えながら、パソコンの電源を入れると山茶花の花言葉で検索をかけた。
あった!
山茶花の花言葉。困難に打ち勝つ、ひたむきさ。理性と謙虚。
「お袋……」
まだまだ敵わないな、お袋には。
そして俺は火曜日の早朝、仁から聞いたとおり撮影現場へと向かうため車を運転していた。
外での撮影も兼ねていたので、先週の撮影が今日に延びてしまっていた。だがミサさんとの気まずい雰囲気のままだったので、翌日の撮影がなくなり日程が延びて内心ホッとしていた。でも今日はまた会わなければいけないと思うと、朝から胃がキリキリ痛み始めていて、こんな事は滅多にないのに、それぐらい貴博さんへの想いとミサさんへの不安でいっぱいになっていることに自分でも驚いている。
その間、貴博さんに何度かメールを打とうとしては消しての繰り返しをしていて、ミサさんが仕事を再開されたみたいだという事。一緒に仕事をさせてもらった事を報告しようとしたが、どうしても送信ボタンを押せずじまいの自分の心の狭さに嫌悪してしまう。
「泉ちゃん。着いたよ」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ボーッと、後部座席の窓から早朝の秋晴れの空を見上げていて到着した事に気づかなかった。
「駐車場に車入れてくるけど、どうする?ここで降りて駐車場ロビーで待ってる?」
まだ顔もあまり売れていない私は、マネージャーと離れて途中で降りて一人で待っていたとしても、周りの人に気づかれるどころか一般人として見られているので、その点全く問題はなかった。現にマネージャーが他の仕事で忙しい時は、一人で現場入りすることもある。従って私用があったりする時は、入りはマネージャーの車で入っても、帰りは一人で電車で帰ってくる事も出来るので、自分の行動もままならないとか拘束されているという雰囲気は全く感じていなかったが、それはそれで楽なようでいて、寂しい面もあるのだが……。
「あっ。このまま乗っててもいいですか」
「了解。それじゃ、駐車場入れちゃうね」
「お願いします」
何となく、車から降りたくなかった。というより、降りてしまってロビーで一人で待っているのが怖かったのかもしれない。ミサさんに会ったら、どんな顔をしたら良いのかわからない。貴博さんを好きな事を悟られてしまった気がして……。別に悪い事をしている訳ではないのだが、何だか気が引けてしまうのは何故だろう。駐車場にマネージャーが車を停め、エレベーターを待っているとドアが開いたので乗ろうとしたら、中に先客が一人乗っていた。
あっ……。
「貴博……さん」
エレベーターのドアが全開して中に乗っている人の顔を何気なく見ると、そこには何ヶ月ぶりかに見る貴博さんの姿があった。
「おはよう。あれっ?今日、ここの仕事入ってたの?」
「は、はい。おはようございます」