新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
エレベーターがあっという間にロビーに着いてしまい、ドアを開けてマネージャーが貴博さんと私を先に降ろしてくれた。
「ありがとうございます」
貴博さんが丁重にマネージャーに挨拶をして降りると、ロビーには何人かのスタッフがまだ少し時間があるせいか自販機で缶コーヒーを飲みながら談笑していて、マネージャーも挨拶がてら、その中に交じっていった。
「久しぶり」
「お久しぶりです。ど、どうしたんですか?貴博さん。お忙しいんじゃ……」
貴博さんは会計士になる勉強と就職活動とで忙しいはずで、会計事務所のバイトもしていたのでモデルのバイトも辞めていたから、まさかこんな撮影現場で貴博さんに会えるなんて思ってもみなかった。
「今日だけなんだけど、ちょうど就職も決まって一段落したから仁と一緒に仕事入れてもらったんだ」
「えっ?就職決まったんですか。おめでとうございます。ちっとも知らなくて……」
「フッ……。先週、決まったばかりだし、君にもまだ言ってなかったね。ありがとう」
貴博さん。きっと並々ならぬ努力をしたんだろうな。でもそんな事などおくびにも出さない貴博さんが、私は好き。
「お、お祝いしないといけないですね。あっ……」
「ん? どうかした?」
ミサさんの事、まだ伝えていなかった。それどころか、今日ミサさんもここに来ることを貴博さんは知ってて……。まさか・・・・・。
「貴博さん。実は……」
「泉ちゃん?」
エッ……。
「仁さん。おはようございます。お久しぶりです」
「おはよう。泉ちゃん、久しぶりだね。すっかりモデルさんらしくなっちゃって」
「そ、そんな事ないですよ。仁さん。からかうのは、やめて下さい」
「俺、お世辞は言わない主義だから。貴博。先に行ってる」
「あぁ」
仁さんは貴博さんの背中をポンッと辛く叩くと、駐車場のロビーからすぐに出て行ってしまった。
「貴博さんは、行かれなくていいんですか?」
「えっ? あぁ、まだ時間あるけどそろそろ行こうかな。君はマネージャーさんと一緒でしょ?それじゃ、一足先に行ってるから。また後で」
「あっ、はい」
すると貴博さんは、そのまま仁さんの後を追いかけるようにロビーから出て行ってしまった。昔だったら、一緒に行かれたのに。でも今は例え売れてないからといって、マネージャーと現場では行動を共にしなければいけないという、暗黙の了解が出来ているからそれは出来ない。
「泉ちゃん。そろそろ行こうか」
「はい」
貴博さんが出て行って暫く経ってマネージャーに声を掛けられ、貴博さんと別れてから居場所のなかった私は、トイレに行ったりして時間を持てあましていた。
はやる気持ちを抑えながらもどうしても北ゲートまでの道程、歩調が速くなってしまう。貴博さんがすぐ傍に居ると思うと、居ても立っても居られない。でも……。ミサさんの事を告げられずじまいだった。貴博さん。もうミサさんと会ってしまっただろうか。ミサさんと会った時の貴博さんの表情を怖い者見たさで見てみたいとも思う自分は、心底、歪んだ心の持ち主のようでそんな自分が怖くもある。言えば良かった。さっき言えるチャンスは幾らでもあったのだから……。貴博さん。ごめんなさい。別に隠していた訳ではないのに、言えなかった私を。