新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

全然、連絡もしてくれなかったって……。ミサさん。結婚しているのに、普通常識的に連絡なんて出来るはずもなく。まして、別れた彼女にどうして……。
「ありがとうございます」
貴博さん。大丈夫なのだろうか。今、貴方の気持ちはズタズタにされているんじゃ……。見ていて、こちらが胸がいっぱいになってしまう。
昔から、仕事場には私情を持ち込まない主義だったミサさん。そんなミサさんの気持ちを汲んで貴博さんも、付き合っていた頃でも仕事中は他のモデル仲間と同じように、先輩のミサさんには敬語で接していたのに……。それなのに、何故ミサさんはそんな親しげに貴博さんに話しかけられるのだろう。
「貴博。私と貴博の仲なんだから、そんなに気を遣って話さなくてもいいのよ」
「……」
黙ったまま貴博さんは視線を逸らすことなく、真っ直ぐにミサさんを見ている。しかし、その瞳は、私にはどうしても哀しそうに見えてしまう。
「ねぇ、貴博」
ミサさん、やめて……。あっ。
ミサさんが貴博さんの肩に手を触れようとしたが触れようとした途端、貴博さんが一歩下がったため、ミサさんの右手が空を切った。まるで貴博さんがミサさんを避けるかのように私には見え、ミサさんの表情が、一瞬険しくなった。
「貴博?」
「それじゃ、時間になりましたので、皆さん集合して下さい」
その時スタッフのかけ声が聞こえ、ざわざわと撮影関係者が北ゲート前の一角に集まり始めたので、貴博さんとミサさんの間に割って入った形になった。
「貴博。また後で、ゆっくり話しましょうね」
「はい」
エッ……。
貴博さん。何故、返事なんてしてしまったの?それって、これからも接しても良いとOKしたのも同然なんじゃ……。そんな不安に苛まれながら、撮影がスタートした。
何人かのグループで何処かに行くというアウトドアスタイルのファッションに身を包んでの雑誌掲載の撮影。用意された車から降りるシーンで、車から降りようとしている彼女を笑顔で助手席を覗き込む彼氏というシチュエーションの撮影が行われていた。まるで貴博さんとミサさんは恋人同士のよう。よりによって、何で貴博さんとミサさんがペアを組むの?貴博さんがディレクターに言われた通り右手で前方を指さし、その指した先をミサさんが見ながら助手席のドアに両手を掛け、背伸びをして貴博さんの肩に寄り添っている。悔しいぐらいに絵になっていて、仕事とわかっていても心がざわつき、自分の撮影の番になっても貴博さんとミサさんが気になって目で追ってしまう。私がこれだけ落ち着かない今、貴博さんも心穏やかではないはず。すぐ隣にかつて好きだった女性が居て、仕事とわかっていながら寄り添わなければいけないこの現実に、貴博さんはあくまでも仕事の一環として割り切れているのだろうか。
お台場の海をみんなで眺める撮影で、各が違ったファッションに身を包みながら同じ方向を見ているが、ミサさんの隣で微笑みながらも心の中では泣きそうだった。たとえ綺麗に着飾ったとしても、心までは装えない。貴博さんを見るミサさんの瞳は、仁さんや他のモデルの男性を見るそれとは明かに温度差が生じているのが手に取るようにわかり、撮影が進むにつれてその瞳を見るたびに、恐怖心が芽生えていってしまったぐらいだ。貴博さんがミサさんを見る瞳は仁さんと会話をしていた時とは全然違っていて、表情は笑っていても目は笑っていないように見えてしまうのは先入観からだろうか。
外での撮影が終わり、まだオープンする前のショッピングセンター内で、ショップに入りショッピングを楽しんでいるシーンの撮影が行われ始め、指定されたショップで自由にそれぞれのペアが商品を手に取りながら談笑しているところを、カメラマンがシャッターを切っていた。ちょうど貴博さんとミサさんが、キッチン雑貨のショップでキッチン用品を手に取りながら話しているのを出番を待ちながら見ていると、後ろからスタッフの声が耳に入ってきた。
< 49 / 181 >

この作品をシェア

pagetop