新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜

「あの二人って昔、付き合ってたんだろ?」
「そうそう。公の秘密みたいな感じだったよな。だけどミサの方が、他に男が出来て捨てたらしいジャン。でも女に捨てられたくせに、よくのこのこと顔を出せたもんだよな」
「そりゃ、未練たらたらだったんじゃないのぉ? だって完全にヒモだったわけだし、その頃の暮らしが懐かしくて忘れられなかったとか」
「あり得るな。だから女の方から指名されても、二つ返事だったんだろ?」
指名?
「夢をもう一度って。ハハッ……。言っちゃ悪いが、無理があるよ。モデルと学生じゃ」
「ごもっとも。おっしゃる通り。でもこればっかりは、男と女だからわからないよ。ミサの旦那より、あの男の方が身体の相性は良かったとか。だからそっち目的の遊びのつもりで呼び出してたりして」
「おいおい。それリアル過ぎだろう。まぁ、この世界じゃ普通にあり得る話だから、ひょっとしてミイラ取りがミイラになったりしてな。おっと、呼ばれてるから行かなきゃ。また後で」
女の方から指名されて……。それって、ミサさんが貴博さんを撮影にあたって指名したって事?それで、貴博さんはミサさんの指名を快諾した。そんな……。
「泉ちゃん。こっちでスタンバイして」
「は、はい」
頭の中を整理しようと必死になっていたが、その途中で呼ばれて撮影に臨んだ結果、表情が冴えないと言われ続け、ずっとOKが貰えず何度も同じポーズを繰り返して相手の男性に迷惑を掛けてしまっていた。
「はい、OK.。お疲れ様」
カメラマンの人からOKを貰えた時は、ホッと胸を撫で下ろしたと同時にすぐに相手の男性に詫びを入れた。
「ごめんなさい。ご迷惑をお掛けしちゃって……」
「いえ、仕事ですから気にしないで下さい」
あっ……。昔、同じような事を貴博さんからも言われた。もう私の生活の中には、貴博さんがありとあらゆるところに入り込んできていて、私の心までも占拠している。でも貴博さんはミサさんに会いたくて今日来たのだとしたら、こんな哀しい事はない。そうとは知らずにぬか喜びしてしまっていた自分が情けなくなってきて、モデルを辞めたはずの貴博さんが何故、今日登場していたのかが納得出来てしまった事に、哀しさと同時に貴博さんになのか、ミサさんになのか、自分自身になのか。誰に対してなのか、それがわからないほどの憤りを感じていた。
撮影が終わり更衣室としてショッピングセンターの一角にある、借りてあった部屋で着替えてスタッフと何か話しをしていたマネージャーを待っていると、目の前をミサさんが通った。
「お疲れ様です……」
振り絞った声でぎこちなく挨拶をすると、通り過ぎようとしていたミサさんが振り返り不適な笑みを浮かべながら私の前に立った。
ミサさん。
「あの……」
「あっ、貴博!」
身長が私より少し低いミサさんは、背伸びをしながら私の後ろの方に向かって腕を伸ばして手を振ったので、自然と振り返ると貴博さんと仁さんが歩いてくるのが見えた。
「貴博は、誰にも渡さないから」
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