新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
貴博さんの言葉を最後まで聞くか聞かないうちに電話を切ってバッグを掴み、慌てながら玄関の鍵を締めて家を飛び出した。
嘘でしょう。貴博さんが私の家の前に居るなんて……。たった一度だけ、昔飲みに行った帰りに送ってもらった事があった。貴博さんは、私の家を覚えていたの? でもあの時は、電車で帰ってきたはず。急いでマンションのロビーを飛び出すと、そこにはお昼まで一緒だった貴博さんが車にもたれかかりながら、煙草を吸っていた。
貴博さん……。
すでに辺りは夕闇に包まれていて、暗くて表情まではここからではまだ窺い知ることが出来ない。ミサさんと何を話してきたんだろう。気になって走って貴博さんに駆け寄ると、貴博さんは少しだけ微笑んでくれた。
「こんな時間だし、食事にでも行こうか?」
「……」
あぁ……。
—良かったら、食事でもどうかしら?—
昼間、ミサさんが貴博さんに言った言葉とダブる。
「何か、用事が入ってる?」
「いえ、特に何もないですけど……。でも貴博さんはミサさんと食事に行かれて、もうお腹いっぱいなんじゃないですか?
しまった! どうしよう……。貴博さんに、何てこと言ってしまったんだろう。すると、柔らかな眼差しで私を見ていた貴博さんの瞳が一瞬、険しくなったように見えたが、すぐにその険しさは貴博さんの言葉と共に消えていた。
「フッ……。もう少し、気の利いた断り方をしてくれないか。幾らなんでも、もうあれからかなり時間は経ってる」
貴博さん。何故、はぐらかすの?ミサさんとの事、上手くいった余裕からなのか、貴博さんは苦笑いを浮かべている。それが無性に感に障って、仁さんにあれほど言われたのに言ってはいけない事を口に出していた。
「今日、忙しいはずの貴博さんが撮影にいらしたのは、ミサさんからご指名があったからなんですね。そんな事とは知らずに、私ったら一人で馬鹿みたい。貴博さんに久しぶりに会えたと思って、単純に喜んじゃって……。ミサさんとの食事が楽しかったから、その勢いでまた私と食事に行くんですか? だとしたらきっと、全然楽しくないと思いますよ。私はミサさんじゃないですから」
何を言っているんだろう。貴博さんに当たり散らして、いったい何になると……。これ以上、貴博さんを傷つけてどうしようとしてるんだろう。自分で自分が憎く、醜くて情けなくて……。