新そよ風に乗って 〜夢先案内人〜
「貴博さん?」
貴博さんは、私に何かを伝えたいのだという事がすぐにわかった。
「君は聞きたくないかもしれないし、引き合いにも出して欲しくはないだろうが……。ミサがあそこまで上り詰めたのは、もちろん天性のものもあるかもしれないが、それ以上に人よりも倍の努力を重ねていたから」
ミサさんが、人よりも倍の努力を重ねていた?
「信じられないかもしれないが、暇さえあればジムに通っていたが、ミサはどんなに仕事が押して遅く帰ってきたとしても、毎朝続けていたジョギングは欠かさず翌朝も定時に起きて走りに行っていた」
「……」
「君に、ミサの真似をして欲しいとは言っていない。けれど、ミサを超えて欲しいと思っている。思っていると同時に、それは君の夢に一歩近づく事だとも思えるから」
貴博さん……。
「そのためには、ミサの影に惑わされないで欲しい。これは矛盾しているのかもしれないが、俺と一緒に居る以上、ミサの影がちらついているんじゃないかと……」
「貴博さん。それは貴博さんと一緒に居たらいけないという事ですか?」
「……」
「貴博さん。答えて下さい。ミサさんの事で、貴博さんと一緒に居られないなんて私には考えられません」
ミサさんの影に惑わされているって……。私は、そんな柔な人間じゃない。
「君は、俺の後ろにミサを見ていないか?」
エッ……。
貴博さんの後にミサさんを見てるなんて、そんな事……。
「俺はまだまだ未熟で、それも含めて君を受け止められるほどの器をもっていない」
「貴博さん。私……」
もしかして、貴博さんは私を見ていて苦痛だったのだろうか。あまりにもミサさんを引き合いに出し過ぎた感のあった自分に、薄々気づいては居た。しかし、それでも貴博さんを好きな気持ちの方が勝っていて、それで……。
「君は、何のためにこの世界に入ったの?」
「それは……」
この世界に入ったのは、歌手になりたかったから。そしていつの日か、ライヴで脚光を浴びながら武道館の舞台に立ちたいから。
「モデルの世界に入ったのは、君に夢があったからだろう?たとえ今の仕事がその目標の礎になるとしても、今、この時に培ったものは一生ついて回るはずだ。その基となったもの……。君が、ミサが憧れの先輩だという事を語っていた雑誌を俺も見た。その憧れていたミサの元彼氏が、偶々俺だったという風にはやはり考えられないのかな。俺は男だから、女性の心理まではよくわからないが……」
偶々、ミサさんの元彼氏が貴博さんだった。貴博さん。ただそれだけの事で、片付けてしまっていいの?
「貴博さん。私、そういうつもりじゃ……」
「わかっているよ。だけどこのままだと、きっと君はミサに憎しみしか持たなくなってしまうんじゃないのか?別にミサの肩を持つつもりは毛頭ないが、同じモデルの先輩としてミサは手本になる人だ。しかし、今のままでは私的感情が入って良き手本の技術も会得し難くなってしまう。ミサと俺の過去の事で、君にそんな人間になって欲しくはない」
貴博さん……。
「俺は俺。君は君。ミサはミサなんだ。一個人として、相手を見られなければ得られるものも得られなくなって損してしまう。自分自身を見て貰いたければ、まず相手個人を見極めてあげなければ自分をも相手は見てはくれないし見極めてもくれない。相手を悪く言えば、どんな形であれ自然とその声は相手にも届く。また、他人の悪口を言ったところで、自分自身は発散出来たとしても聞かされた方は不快になり、マイナスのイメージだけが残る。つまり、余計な詮索をしたところで、自分にとっては無駄なものでしかないんだ」
「貴博さん」