恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
「ほんっとうにすみません! 重ね重ね、申し訳ないです」

 迷惑だ。早いところ、先生のお宅からおいとましよう。ここにいても、私は先生の物を壊してしまう。

 そう思ったのに、先生は何故かケラケラ笑っていた。

「え? これ、高価なもの……ですよ、ね?」

「ああ、そういうことか!」

 先生はまたケラケラ笑った。

「すみません、宍戸さんがあまりに必死に謝るので……それが、面白くて」

 破顔したまま、口元に手を当て先生はまだ笑っている。

「これ、高価でもなんでもないんですよ。古本屋で、200円で手に入れました」

 先生はまだ笑っていた。

「200……円……?」

 思わず繰り返し呟いてしまった。
 先生は頷きながら、笑いを収めていた。

「この紙は、こっちの和綴じ本の中に、挟まってたんですよ。で、この和綴じ本が200円でした」

 先生は、先ほど適当に重ねたテーブルの上の資料の中から、一冊の本を取り出した。
 古そうな本で、背表紙が糸で綴じてある。

「和紙を2つに折って、その端を糸で綴じた本のことです。これは、寺子屋の手習い本なんですけど」

 そんなものが古本屋で売っていることに驚きつつ、本を見つめていると先生が私に手渡してくれた。

「もしよろしければ、中も見てみます?」

 言われて、表紙をめくった。墨で書かれたような絵と、カナ文字がそこに並ぶ。

「初めて見たんですけど、面白いですね。これは言葉の勉強の本ですか?」

「うん、まあ、そうなんですけどね」

 先生は「本題はそこじゃない」と言うように私から古書を取り上げる。それから、ページの端を指でつまみ、そのまま中綴じの方へ動かす。すると、ページとページの間に輪ができた。

「今の本と違って、1枚の紙を半分に折って綴じてあるんです。つまり、この空間は何も書かれていない部分で、見えない部分なのです」

 雑誌の袋とじの、開けないバージョン、みたいだなと思った。

 先生はそこに、先程の古文書のようなものを折りたたんで挟んだ。私がこぼしたお茶は少量で、もう乾いたらしい。

「この紙は、ここにこうやって、隠してあったんです」

「この紙は、一体……?」

 先生は折りたたんだ紙をもう一度開いた。
 にょろにょろと、みみずのような文字が並んでいる。

「気になります?」

 先生が私の顔を覗く。ゴクリと唾を飲み込み、コクリと頷いた。

「これは、ラブレターなんです」

「ラブレター…………ラブレター!?」

 思ってもみなかった言葉が飛び出して、思わず驚き仰け反る。大きな声を出してしまって恥ずかしかったが、先生はケラケラ笑っていた。
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