恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

古のラブレター

「ええ、ラブレターですよ。当時の言い方だと、恋文(こいぶみ)でしょうか」

 先生はフフっと笑いながら、恋文だというその紙をテーブルに置いた。

「ほら、見てみてください。ここ、『恋い慕う』って……」

 先生が指を差しながら、そこに書かれているミミズみたいな文字を読み上げる。
 けれど、私には全く分からない。
 眉間に皺を寄せ、先生が指差した先をじっと見つめる。それでも全然分からなくて、顔を近づけた。

 近づけ過ぎたらしい。

 ゴツン、と先生のおでこと自分のおでこがぶつかって、「スミマセン」と互いにソファに座り直した。

「すみません、夢中になってしまいました。こういうのを解読するの、面白くて」

 へえ、と相槌を打つと、先生は続けて話してくれた。

「大学の頃に友人がやっていたのを手伝っていたら、いつの間にか私もハマってしまいまして。今では私の息抜きなんですよ。昔の子どもたちは、何を考えていたんだろう……と」

 先生があまりにもキラキラした目で話すから、私もなんだか楽しくなってくる。

「手紙だけじゃないんですよ? 手習い本の中にメモが書いてあったり、挿絵に落書きがされていたり……。今も昔も、やることはあまり変わらないんだなぁって」

 先生はそこまで言うとハッとして、私の方を向くと頭を掻いた。

「なんだか子供っぽいですね……すみません」

「全然です! むしろ、何かすごいロマンチックだなぁって思っちゃいました」

 慌てて言うと、先生は「宍戸さんは優しいですね」と言って立ち上がる。

「お貸しする書道具を準備してきますね。宍戸さんは、良かったらこれ見てても」

 ニコッと微笑み、先生は和室へ行ってしまった。

 私はテーブルに広げられた手紙を手に取った。
 寺子屋ということは、江戸時代。200年ほど前の誰かが書いたラブレターが、こうして時を経て読み解かれようとしている。
 200年前、これを書いた人はどんな人だったのだろう。渡すことはできたのか、それとも渡せなかったのか……。
 考えると、もう亡くなっているはずのこれを書いた誰かに、親近感が湧いてくる。

「宍戸さん、お待たせしました」

 先生が戻ってきた。
 その手には、朱色の書道具の箱を、蓋を開けて持っていた。

「こちらでいかがですか? 硯は一見何ともありませんでしたが、内部が割れているといけないので違うものに替えました。教室では、こちらを使っていただいて……」

「あ、ありがとうございます!」

 私は恋文をテーブルに置き、今度は慎重に道具を受け取った。

「それ、気になります?」

 先生は恋文を指差した。

「え……、あ、まあ、何が書いてあるのかなぁ、とか、無事渡せたのかなぁ、とか、色々考えちゃいました」

 あははと笑って答えると、先生が嬉しそうに微笑んだ。

「お時間よろしければ、今から少し読み解いていきませんか? 一緒に」
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