恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

恋は苦しく、秘めるもの

 その週も、書道教室は前回と同じ流れで進んだ。私も他の生徒と同様に、教室に入るとすぐに書道具を広げた。
 硯に水を入れ、墨を溶いていく。それだけで心が洗われ、墨の香りに気持ちがすっと落ち着いていく。
 私は初心者なので、小学生と同じ漢字の書き取りをする。今日の漢字は『永』の字だ。

 先生の説明はわかりやすく、トメ、ハネ、ハライ、漢字のポイントについて的確に説明をする。しかし子供たちはやりたがるので、早々に筆を動かし始める。

 私はお手本を筆でなぞるところから始めた。けれど、その間にも先生に「背中が曲がってますよ」「筆は立てて持ってくださいね」と注意を受けた。

 やがて筆の動かし方に慣れて、半紙を受け取った。筆に墨をつけ、半紙の上に運ぶ。最初の一画でしくったと思ったが、もう直せない。思い切って最後まで書ききり手を挙げると、先生はすぐにやって来て、私の半紙を朱だらけにした。

 2枚、3枚と、半紙を受け取る度に深呼吸して、集中して字を書いた。何度も姿勢を注意され、腰が痛くなった。
 けれど、集中して何かをするのは楽しい。他のことを考えず、『永』の字のことだけを考える時間は、きっと人生で今だけだ。

 静かな教室の空気の中、各々が自分の字と向き合っている。この不思議な空間が、妙に心地良い。

 それで、今日の2時間の教室もあっという間に終わってしまった。

 帰り際、光子さんに「接近できた?」なんて聞かれたけれど、それどころじゃないくらいに疲れていた。
 けれども、それは心地の良い疲労感で、笑っていたら光子さんは「うふふ」と笑いながらマキちゃんと帰っていった。
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