恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
何かを書け、と言われても、何を書いて良いのか分からない。私は筆を墨に浸しては絞り、浸しては絞りを繰り返しながら、何を書こうか思案していた。
――ここは格好良く四字熟語? でも四つも漢字書くの難しそうだしな……。こういうことなら、座右の銘でも持っておけば良かった。
困り果てていると、ポタポタと墨が半紙を汚した。どうやら、無意識に硯から筆を上げてしまったらしい。
溜息をこぼすと、背後に気配を感じて振り返る。
「宍戸さん、どうしましたか?」
先生だ。こちらに爽やかに微笑んで、私の顔を覗き込む。私も無理やり笑顔を貼り付けて、「あはは」と笑った。
「何を書こうか悩んでしまいまして。お恥ずかしながら、半紙まで墨だらけにしてしまいまして……」
「大丈夫ですよ。それにそのくらいなら、また味というものです」
先生は品の良い笑顔を浮かべる。私の苦笑いとは大違いだ。
「では、何を書くのか決めましょう。何でも良いのですが、宍戸さんは好きな食べ物はありますか?」
「好きな食べ物……」
「はい、そういうのでいいんですよ。好きなものの名前なら、のびのびと書けますから」
先生はそう言うと、また手を挙げていた他の生徒のところへ行ってしまう。
――好きな食べ物か……。
私は「よし」と気合を入れると、集中して半紙と向かい合った。
◇◇◇
子供にまじって手を挙げるのは、なんとも恥ずかしい。子供たちはピンと肘を伸ばして挙げるので、私もそれに倣わなくてはならない……気がする。
しばらくすると、先生は前の生徒の指導を終えて、私のところへやってきた。
「あの……どうでしょう?」
先生は私の背後から書いた文字を覗くように眺める。ドキドキするのは、生徒になって評価されることが久しぶりだからだろう。
「えっと……」
先生は私の文字をまじまじと見つめる。私はそんな先生の横顔を盗み見た。整った目鼻立ちが、横からだと余計に際立って見える。眼鏡が申し訳無さそうに乗って見えるのは、そのはっきりとした顔立ちのせいだろう。
「……おいしそう、ですね」
「あ、ありがとうございます!」
思わず見惚れていたらしい。先生の声に慌てて姿勢を正しそう返すと、先生はフフっと吹き出した。隣の席の中学生らしき子もお腹を抱えてクスクス笑っている。
「……おいしそうって」
よほど可笑しかったらしい。彼女は肩をプルプル震わせて、口元を覆っている。
――あれ、『おいしそう』? 文字が?
「あのー、先生?」
「いや、ほら、何ていうか。……こう、『大好きです』って文字に溢れているっていうか、そんな感じがします」
「え……?」
「いや、素敵なんですよ? 初めてでここまで表現できるのは。素敵なんです、けど……」
先生はまたフフっと笑った。
ダメだったのか。半紙に『バナナ』だなんて。
――ここは格好良く四字熟語? でも四つも漢字書くの難しそうだしな……。こういうことなら、座右の銘でも持っておけば良かった。
困り果てていると、ポタポタと墨が半紙を汚した。どうやら、無意識に硯から筆を上げてしまったらしい。
溜息をこぼすと、背後に気配を感じて振り返る。
「宍戸さん、どうしましたか?」
先生だ。こちらに爽やかに微笑んで、私の顔を覗き込む。私も無理やり笑顔を貼り付けて、「あはは」と笑った。
「何を書こうか悩んでしまいまして。お恥ずかしながら、半紙まで墨だらけにしてしまいまして……」
「大丈夫ですよ。それにそのくらいなら、また味というものです」
先生は品の良い笑顔を浮かべる。私の苦笑いとは大違いだ。
「では、何を書くのか決めましょう。何でも良いのですが、宍戸さんは好きな食べ物はありますか?」
「好きな食べ物……」
「はい、そういうのでいいんですよ。好きなものの名前なら、のびのびと書けますから」
先生はそう言うと、また手を挙げていた他の生徒のところへ行ってしまう。
――好きな食べ物か……。
私は「よし」と気合を入れると、集中して半紙と向かい合った。
◇◇◇
子供にまじって手を挙げるのは、なんとも恥ずかしい。子供たちはピンと肘を伸ばして挙げるので、私もそれに倣わなくてはならない……気がする。
しばらくすると、先生は前の生徒の指導を終えて、私のところへやってきた。
「あの……どうでしょう?」
先生は私の背後から書いた文字を覗くように眺める。ドキドキするのは、生徒になって評価されることが久しぶりだからだろう。
「えっと……」
先生は私の文字をまじまじと見つめる。私はそんな先生の横顔を盗み見た。整った目鼻立ちが、横からだと余計に際立って見える。眼鏡が申し訳無さそうに乗って見えるのは、そのはっきりとした顔立ちのせいだろう。
「……おいしそう、ですね」
「あ、ありがとうございます!」
思わず見惚れていたらしい。先生の声に慌てて姿勢を正しそう返すと、先生はフフっと吹き出した。隣の席の中学生らしき子もお腹を抱えてクスクス笑っている。
「……おいしそうって」
よほど可笑しかったらしい。彼女は肩をプルプル震わせて、口元を覆っている。
――あれ、『おいしそう』? 文字が?
「あのー、先生?」
「いや、ほら、何ていうか。……こう、『大好きです』って文字に溢れているっていうか、そんな感じがします」
「え……?」
「いや、素敵なんですよ? 初めてでここまで表現できるのは。素敵なんです、けど……」
先生はまたフフっと笑った。
ダメだったのか。半紙に『バナナ』だなんて。