恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
 一人暮らしだというマンションの一室には、広いリビングダイニングとキッチン、そしてその奥には和室がある。和室の畳の上にはブルーシート、そしてその上に大きな黒い布と白い紙が置かれていた。
 珍しさにじっと見ていると、「それは個展の準備ですから、お気になさらず」と言われた。

「宍戸さん、こちらに」

 先生はひょいひょいと、器用にビニールシートの端を歩いて和室の奥、押し入れの前に移動する。私は踏まないように慎重に移動して、先生の隣に立った。
 先生は押し入れの戸を開けて、がさごそと奥の方から何かを取り出す。

「これが一番綺麗かな。どうぞ」

 手渡され、とっさに受け取ってしまった。朱色の四角い箱は、ずっしりと重い。

「あの、本当にいいんですか……?」

「ええ。道具たちも、使われずにしまってあるよりは使って頂いた方が嬉しいはずです」

 先生は眼鏡の奥で優しく目を細める。そして別の場所から新たに四角いケースと黒い布を取り出し、私の持つ書道具の上に乗せた。

「持ち運び用にケースを。それから、毛氈(もうせん)はこちらを使ってください」

「あ、ありがとう……ございます」

 お礼を言うと「いえ」とニコリと微笑まれ、胸の奥の方がドキリと鳴る。
 慌てて視線をそらすと、壁に掛けられた額縁の中に、見たことのある文字が並んでいた。

「あ、これ……」

「ご存知でしたか。CMで流れてる、文言ですよ」

 違う。文言だけじゃない。
 力強い筆使いで書かれたこの文字を、私は知っている。

「あのCMの文字、先生が書かれたんですか!?」

「ええ、まあ」

 先生は照れくさそうに笑う。私は額縁に近づいて、先生の書いたというその文字をじっと見つめた。

「すごい、本物……」

 先程のランチの時の先生の発言は、やっぱり謙遜だったらしい。

「私、一応肩書は書道家なんですよ。書道教室の講師や個展だけでなく、こういった文字のデザインも請け負ってたりするんです」

「え、全然すごい人じゃないですか!」

 隣に立つ先生を見上げると、優しい微笑みが返ってくる。
 けれど、その笑みにフフっと笑いが含まれて、私はハッとした。

 ――ミーハーで単純なヤツって思われた!?

 いや、とか、あの、とか、言い訳の先頭文字が頭の中を駆け巡り、結果どうしていいか分からず、あははと無駄に笑った。
 そのまま身を返して、リビングへと足を踏み出す。
 けれど、私の足はそのままそこにあったビニールシートに取られてしまった。
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