『Billion Love』~17回目のプロポーズは断ることが出来ない?!

(四か月後の病室にて、八月)

「少し摩ろうか」
「……お願い出来ます?」
「もちろん」

元々細身で色白の敬子(凜の母親)から笑顔が消え、頬も目元もこけて骨が浮き立つようになって来た。
手の甲には幾つもの点滴を受けた後の鬱血が酷く、自発呼吸が厳しくなり酸素マスクが装着されている。

既に他の臓器にも転移していて、あちこちから癌による痛みが点在している。
それを少しでも和らげようと、康介(翔の父親)は毎日のように病室に通い、話し相手をしながら緩和ケアを施していた。

「康介さん」
「……何だい?」
「ごめんなさいね……」
「何が?」
「色々と……」
「謝られるようなことは何もされてないよ」

肺機能も低下していて、話す事すら辛い状況下で、敬子は康介を優しく見つめた。

「あなたの気持ちには……気付いてたけれど、あの人のこともあって……受け入れられなくて、ごめんなさいね」
「気にしてないよ。それに、翔と男同士の約束もしてるしね」
「翔くん、………良い男に……なったわね」
「親バカだと承知してるが、あいつはいい男に成長したよ。これも、敬子さんと凜ちゃんのお陰だ。俺一人では無理だったと思う」

康介は点滴が刺さっている敬子の手を優しく握った。

「今世では……ご縁が無かったけれど、……来世では、私から……会いに行きますから」
「楽しみに待ってるよ」

色々な事情があり、気付いていても口に出せないこともある。
けれど、それもまた人生。
一筋縄ではいかないのが人生であり、生きるということ。

敬子は自身の人生の幕を、ゆっくりと下ろし始めていた。
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