空に一番近い彼
駿さんが私の目の前にスマホを差し出し画面を見せる。

『今から準備するけど、見学する?それとも登る前に教えようか?』

『今から見ててもいいですか?』

『もちろん。じゃあちょっと待ってて』

彼はミニバンから、折りたたみ椅子を取り出し、クスノキから離れたところに置くと手招きをした。
私は彼のもとに駆け寄る。

『ここに座って見たらいいよ』

彼が《どうぞ》と促してくれたので、座り心地の良さそうな背もたれ付きの椅子に腰掛けた。
すると今度はまっさらなヘルメットを被せてくれた。わざわざ新品を用意してくれたのだなと、彼の優しさにキュンとした。

ミニバンの方に歩いて行こうとしていた彼が、何か思い出したかのように私の方へ引き返してきたので立ち上がると、作業着のポケットから《これ》と言って私に差し出した。それは薄い木製の名刺だった。

白木の名刺なんて初めて見たし触った。
鼻に近づけてみる。木の優しい香りだ。自然に笑みが溢れた。
彼は微笑むと踵を返しミニバンへと向かった。

彼らは枝に錘のついた紐のような物をひっかけ、それを利用してロープを樹木に掛けた。
駿さんの体には次々と木に登るための道具が装着されていく。そしてロープを使い登り始めた。

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