空に一番近い彼
出会い
秋も深まってきた10月下旬、今日は朝から柔らかく心地よい風が吹いている。ちょっと散歩をしたくなった。
なんだろう、いつもより樹木の香りを強く感じる。不思議だなと思いながらも、木漏れ日がとても綺麗だったので、写真に収めようとパーカーのポケットからスマホを取り出した時だった。
いきなり腕を掴まれた。
危うくスマホを落としそうになる。
ヘルメットを被った作業着姿の男性が、険しい顔で何か言った。
なんだか怒っているようだ。彼はさらに続けた。
何を言っているのか全くわからない。
ゆっくり話してくれれば、口の動きでなんとなく理解できるのだけれど、あまりにも早くて読み取れない。
なんの反応も示さない私に呆れたように、大きく息を吐く仕草をした。溜め息だとわかる。
私は耳が聞こえないと、ジェスチャーで伝えた。
少し驚いた表情をしたものの、すぐに大きな口の動きを見せた。
《あ ぶ な い》
意味がわからず首を傾げると、スマホを取り出し何か打ち込み始めた。そしてそれを私に見せる。
『何故ここにいる?今、この奥の別荘周辺の木を伐採中で、ここは立ち入り禁止だ。ここから早く離れて』
そうだったのか。だから樹木の香を強く感じたのだと理解した。
私はすみませんの意を込めて深く頭を下げ、来た道を引き返した。