月下の逢瀬
どうして聞こうとしたのだろう。
先生の内面を深く知ることになるのに、あたしはどうして、聞いたのだろう。

先生がいつもと違い、弱々しく見えたからなのか。
あたしの中に、先生へこれまでとは違う新しい気持ちが湧いたからなのか。
それとも、話すことで先生の気持ちが落ち着くかもしれない、と思ったからなのか。


どんな理由か、わからない。
けれど、あたしは聞いてしまった。




「佐和は……、優しくて、ズルい人だったよ」


くす、と自嘲気味に笑う。


「俺の気持ちを知ってるくせに、知らないフリをして。そのくせ、それを利用する。俺は便利な男だったんだ」


近くに置かれていた、朽ちた灰皿にタバコを押し付けて、先生はあたしの横へと戻ってきた。
煙の匂いがふ、とした。

見上げた横顔は、何かを思い出しているようだった。


「けど、佐和は兄貴だけには誠実で、兄貴のためだけに生きてるみたいだった」


「お兄さんのため、だけ……」


「ああ。兄貴のそばにいるために、愛人の立場を選ぶくらいだからね」


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