月下の逢瀬
『はっ。当たり前だろ? 佐和に何の価値があるんだよ。
いっそ心中でもしない限り、兄貴のそばにはいられないよ。
死ねば、祐子さんだって追えないだろうしな』


『……そう』


もう、兄貴は諦めろよ。
そう言いたかっただけなのに、何故あそこまで佐和を傷つけるような言葉を吐き出したのか。
怒りに満ちた自分の口が、止まらなかった。

少しの沈黙の後。
佐和がふふ、と小さく笑った。


『……ごめんなさい。晃貴が怒るの、当たり前だわ。
あたしが、晃平とずっと一緒にいられる筈、ないものね』


『佐和……?』


妙に明るい声に訝しさを感じて振り返る。
月明かりもない、真っ暗な部屋。
夜目に、佐和のむき出しの上半身が見えた。
均整のとれた綺麗な体。
隠そうともしない豊かな膨らみが、笑う度に上下した。


『分かってたのよ。晃平を隣で支えてあげられるのは、もうあたしじゃないんだって。
ずっと、逃げてたの。

晃貴が優しくしてくれたから、目を逸らして逃げ続けてたの』


く、く、と引きつった笑い。
それはいつもの佐和の笑い方と違って、俺は急に怖くなった。


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