月下の逢瀬
『けど、現実を見ないとダメよね。あたし、弱かったのね。

ごめんなさい。
ありがとう、晃貴』


『ごめん……っ。言い過ぎた』


たまらず細い体を抱きしめた。
腕にすっぽりとはまる佐和の体は冷たく、頼りなげで。
力を込めてもするりと消えていきそうな気がした。


『いいの。晃貴は正しいことを言ったんだもの。
おかしな雰囲気になっちゃったわね? そうだ、ワインがまだあるのよ。飲み直しましょ』


やんわりと俺を押し返して、佐和はベッドを降りた。
床に落ちたキャミソールドレスを拾い上げ、身につける。
長い髪を背中に流す仕草を、俺はテレビの映像のように遠くに見ていた。


『ここで飲むでしょ? すぐ、用意するから』


振り返って、にこりと笑んだ顔はいつもの佐和で、
けれど胸の中の焦燥感を打ち消すことはなかった。

取り返しのつかないことをしてしまった。
禁句をぶつけた自分を酷く悔いた。


『佐和……、ごめ……』


『待っててね』


静かに部屋を出て、ドアが音もなく閉まる。
すっかり熱を失ったベッドに倒れ込み、俺はドアが再び開かれるのを待った。


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