月下の逢瀬
おばさんは、小さなアパートへと俺を連れて行った。
そこは俺が知っている佐和の実家ではなくて、戸惑う俺におばさんが少し困ったように言った。


『あそこから引っ越したのよ。何かと、気遣いが大変でね』


佐和と兄貴のことは、近所でも噂になったのだと聞いていた。
面白おかしく言う人々に堪えられなかったのだろうと分かった。


『ほら、入りなさいな』


申し訳なさを感じて俯いた俺に、おばさんは明るく言った。


『結構便利な場所なのよ。パート先に近いし、スーパーはこっちの方が多いから』


ほらほら、と背中を押されて入る。
狭いアパートの、整頓された一室。

小さな仏壇が俺を迎えた。

笑顔の佐和が、ガラスの花びらで飾られた写真立ての中にいた。

あれは。


『あの写真立て、佐和の遺品の中にあったのよ。確か晃貴くんがくれたのよね』


幼い俺が、初めて佐和にプレゼントしたもの。あれは、佐和の何回目の誕生日だっただろうか。


『コーヒーいれるからね。待ってて』

仏壇の前にぺたりと座り込んだ俺の背中に、おばさんが言った。



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