月下の逢瀬
無意識に、立ち上がりかけていたらしい。
……追いかけたって、何もできないくせに。
のろのろと座り込み、俯いた。
頭が混乱して、まとまらない。
玲奈さんの過去。その傷。婚約。
『理玖はあたしのものなの』
『あたし以外、誰のものにもならない』
玲奈さんの言葉がぐるぐるまわる。
理玖は、玲奈さんから離れられない。
あたしはどんなに望んでも、理玖の隣にはいられない。
『婚約』
それは玲奈さんの側に一生いる、そう決めたからこそ、だよね。
――数ヶ月前。
理玖が婚約したらしいと、母づてに聞いたことを思い出していた。
『何でも先方のたっての希望なんですって。婚約だなんて、高校生なのに早いわよねえ。お母さんってば、加奈子(かなこ)さんから聞いてびっくりしちゃった』
理玖の母親と仲のよい母は、夕食の支度をしながら、ほう、とため息をついた。
『でも、よかったわよね。直也さんが亡くなってから、苦労しっぱなしだったもの。久世さんと親戚になれば、きっと楽になるわよ』
ね? とあたしに背中を向けたまま、母は言う。
包丁の小気味よい音が続く。
お願い、お母さん。
振り返らないで。
強張ってしまった顔に、ぎこちない笑顔を張り付けたあたしは、あはは、と笑った。
目尻に涙が滲むのが分かった。
このままじゃ、すぐにでも溢れてしまう。
『すごい、ね。あたしと同じ年なのに、信じらんないよ』
『本当にねえ』
……追いかけたって、何もできないくせに。
のろのろと座り込み、俯いた。
頭が混乱して、まとまらない。
玲奈さんの過去。その傷。婚約。
『理玖はあたしのものなの』
『あたし以外、誰のものにもならない』
玲奈さんの言葉がぐるぐるまわる。
理玖は、玲奈さんから離れられない。
あたしはどんなに望んでも、理玖の隣にはいられない。
『婚約』
それは玲奈さんの側に一生いる、そう決めたからこそ、だよね。
――数ヶ月前。
理玖が婚約したらしいと、母づてに聞いたことを思い出していた。
『何でも先方のたっての希望なんですって。婚約だなんて、高校生なのに早いわよねえ。お母さんってば、加奈子(かなこ)さんから聞いてびっくりしちゃった』
理玖の母親と仲のよい母は、夕食の支度をしながら、ほう、とため息をついた。
『でも、よかったわよね。直也さんが亡くなってから、苦労しっぱなしだったもの。久世さんと親戚になれば、きっと楽になるわよ』
ね? とあたしに背中を向けたまま、母は言う。
包丁の小気味よい音が続く。
お願い、お母さん。
振り返らないで。
強張ってしまった顔に、ぎこちない笑顔を張り付けたあたしは、あはは、と笑った。
目尻に涙が滲むのが分かった。
このままじゃ、すぐにでも溢れてしまう。
『すごい、ね。あたしと同じ年なのに、信じらんないよ』
『本当にねえ』