月下の逢瀬
「焦ることないだろ。寂しくないなんて言われたら、悲しくなる。

でもまあ、辞められてよかったんだけど」


よかった?
首を傾げたあたしを見やって、先生はにこりと笑った。


「こそこそと会わなくてもよくなるだろ。
辞めた後は、人目を気にしなくていい」


あたしたちは、先生と生徒。
誰かに見られて問題になったら大変だから、今までは、うちの学校の人たちに会わないように、少し離れた街まで出かけていたのだ。


「それに、椎名に『先生』って呼ばれなくて済むな」


「え? 先生って呼ばれるの嫌だったの?」


「まあね。距離置かれてるみたいだろ。
椎名には俺を一人の男として見てもらいたいんだ」


「……っ」


ふ、と引き締められた表情。
先生の纏った雰囲気が変わった。


「いつまでも椎名の保護者みたいなことは、しないよ。
つけこむのは趣味じゃないから、今は控えてるけど、ね」


「…………」


「考え込むな。急かしてるわけじゃない。
待つのは好きじゃないけど、得意なんだ」


少し和らいだ声に変わる。


「……ごめんなさい」


「謝らなくていいよ」


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