月下の逢瀬
気付けば、中庭にはあたし一人しかいなかった。
時計を見ると、もうすぐ昼休みが終わろうとしていた。


「教室、戻りたくないな……」


振り返らない背中を見るのは辛い。
それに、クラスメイトはみんな、あたしの事を好奇の目で見ていることを知った今、何も知らない顔をして教室にいられない。
バッグも持ってきているし、このまま帰ろう。

ため息を残して、中庭を後にした。


昇降口へ向かって歩いていると、ちょうどチャイムが鳴った。

バタバタと走る生徒と何人もすれ違って。

「次何だっけー?」


「世界史! 真田先生来るの早いんだよね」


「やべー、急ご!」


笑い声をあげながら通り過ぎていく集団。

それを廊下の隅に寄ってやり過ごした時。


「人殺しーぃっ!!」


楽しげな声に混じって、放たれた言葉。
それはあたしに向けられていた。


え? と振り返るとみんな背中を向けて去っていくところで。
まるで鬼ごっこでもしているかのように、愉快そうに笑っていた。


「ひとごろし……」


噂は広まってるって結衣が言ってた。
そうか、あたしはそんな風に言われていたんだ。


人気のなくなった廊下に、呆然と佇んでいた。


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