月下の逢瀬
・. 
  ・

バスの車窓の向こうに、片桐病院の姿が現れた。
一番後ろの席で揺られていたあたしは、それを重たい気持ちで見つめていた。


気持ちのやり場がなくて、つき動かされるように来たけれど。

どうしてここへ来たんだろう。


膝にのせた花束を見下ろした。
バスに乗る前に買ったそれは、淡いピンクや黄色の花でまとめられていて、華やか。
その鮮やかさに、目を閉じた。

あたしが玲奈さんのお見舞いだなんて、許されるの?


『人殺し』


投げつけられた言葉が甦る。
無邪気な笑い声の中に紛れた、悪意。
向けられた刃は深く胸に刺さった。

確かに、あたしはそう呼ばれても仕方ないのかもしれない。


『玲奈は子供を産めない体なんだ』


あの時、去り際に理玖が残した台詞。
あたしは玲奈さんに残酷な告白をしたんだ。

玲奈さんが愛してると言った、理玖の子を妊娠した。
玲奈さんが産めない子を。

それは、死を迫ったようなものなのかもしれない。



でも。



< 254 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop