月下の逢瀬
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中庭を走り出たあたしを、理玖はもう追ってはこなかった。


病院をそのまま飛び出して、あたしは帰り道をとぼとぼと歩いていた。
涙は止まらなくて、でもそれを拭う気力はなかった。
どうせ、取り繕わなくちゃいけない相手なんていないんだ。みっともなくても、構わない。


病院の前のバス停は、とっくの昔に通りすぎていた。
こんな状態のままバスに乗りたくなかったし、何より今は一人でいたかった。



理玖の話がぐるぐると頭をまわっている。

玲奈さんをずっと守ってきた理玖。
玲奈さんのために婚約して、これから一生一緒にいる理玖。

理玖の話は、玲奈さんへの労りや、玲奈さんの周りの人間への憤りが感じられて。
それはそのまま、玲奈さんへの愛情なのだと分かった。


『きっかけはどうであれ、あたしと理玖は今は想いあっている』


玲奈さんの言葉が蘇る。
あれは本当のことなんだ。


理玖が、少しはあたしを想ってくれていると思っていた。
それは大きな間違いだったんだ。

馬鹿な幼なじみに同情して、理玖はあたしのそばにいてくれただけ。


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