月下の逢瀬
中絶。
お腹にいる赤ちゃんの命を、奪う。





……そんなこと

あたしには、できない。


この命を消してしまうことは、絶対にしたくない。



昨日、お腹が痛くなったとき、赤ちゃんが死んでしまうんじゃないかと、恐怖に震えた。
お願い、死んでしまわないで、と切に願った。

苦しめることしかできずに殺してしまいたくない。



心臓が動いてると聞いたときは、嬉しくてたまらなかった。
頼りないあたしなのに、それでも見捨てずにしがみついてくれているようで、愛おしかった。


そんな命を、失いたくないよ。



「…………椎名。何を考えてる?」


先生があたしの手をそっと握った。


「手、震えてる」


「……え? あ、ヤダな。どうしたんだろ」


へへ、とごまかすように笑ってみせた。


「椎名。お腹の子のことだ……」


「う、産めるはずないよねっ!」


先生の言葉を打ち消すように叫んだ。


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