月下の逢瀬
「わ、わかってるんだよ!?
父親もいないのに、産めるはずないよね。当たり前だよねっ!」


責め句を聞きたくなくて、まくし立てるように言った。


「理玖だって、中絶するようにって言ってたし?
の、望まれていないんだもん! 仕方ないよねっ。
言われなくても、わかってるよ」


あはは、と笑って見せると、先生の眉間に、深いシワが刻まれた。


「椎名、待て」


「大丈夫だってば。そんな写真見たらちょっと、感傷的になっちゃっただけだからさ」


「椎名! 俺に虚勢を張らなくていい。
本音を言え。辛いときに笑うな」


重ねた手を、強く握られた。


「言ってみろ」


あたしを真っ直ぐに見る瞳。
その優しさと力強さの宿る光に引き込まれるように、口が動いた。



「…………殺したく、ないの。
この子を中絶なんてしたくない」


「うん」


「理玖の代わりとして、求めてるんじゃないよ。
理玖とこの子は違う、別の命だってわかってる。
だからこそ、簡単に殺すなんて言えない。言いたくないの」


「うん」


相槌と共に、握る手に力がこめられる。


「あたし……あたしね。

この子を、産みたい」


言って、自分のその言葉に確信した。


あたしは産みたい。


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