月下の逢瀬
平穏な幸せの中にいる、か……。


三年前、あたしには他の選択肢があった。
『先生』の手をとらずに、理玖を望む道。
人を傷つけ、迷惑をかけることを知っていても、想いを突き通していく道。


もし。
もし、それを選んでいたら。


それでも、こうして安らかな春の一日を過ごすことは、できていたのだろうか……?


――ううん、やめよう。


ぶるりと頭を振った。


あたしは、弱い。
中学生の時、自分を傷つけてまで理玖を手に入れた玲奈さんの、そのしたたかさに目が眩んだ。
自分にはない強い意思を、羨んだ。
あの頃からずっと、弱いままだった。


弱いからこそ、人を傷つけたくない。
――自分が傷つきたくないから。

誰かの涙の上に、幸せなんて築けない。
――後ろめたさを感じたくないから。


晃貴が『優しい』と言ってくれたあたしは、何のことはない、逃げることしかできないだけの弱いあたし。


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