月下の逢瀬
「日薙、お前うるせーし。
結婚したのも、子供が生まれたのも知ってるよ。

……久しぶりだな」


歩み寄ってきた理玖は、興奮した様子の日薙くんを押しやって、唇の端を持ち上げるだけの笑みをみせた。


「あ……久しぶり……」


どんな顔をしていいのかわからなくて俯いた。
心臓が壊れそうなくらい、鼓動を早めていた。


「かわいーなー。ねえ、お名前はー?」


日薙くんが優月の顔を覗きこみながら聞いた。


「ゆ、ゆじゅ……」


ぐいぐい近寄ってくることに人見知りしたのか、優月が声を震わせながら答える。


「ゆじゅ? ゆず? もっかい言ってみてー」


たまらずに顔を伏せた優月に重ねて言う日薙くんの頭を、理玖が軽く叩いた。


「ビビってんじゃん、やめとけって」


「あいて。だって、かわいくね?
つか、椎名ってこの辺りに住んでんの?」


「あ、今は福岡にいるの。明日、帰るんだけど」


「福岡? へー、遠いな」


福岡ってーと、やっぱ中洲ー?
そんなことを楽しげに言う日薙くんに答えながらも、横の理玖が気になる。

見ないように意識していた。


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