月下の逢瀬
「もしかして、彼氏に怒られるとか?」


先生が首を傾げて言った。


「……は?」


「彼女が目立つのを嫌がる男っているんだよね。
そうだ。今日は彼氏は?」


先生はコーヒーのカップを眺めながら言っている。


「……いない、です」


「え?」


ぽつ、と呟くと先生が顔を上げた。


「やだ、先生。彼氏なんていないし。
普段は面倒くさいから手抜きしてるだけです」


あたしはわざと明るく言った。

彼氏なんて、いない。
理玖は彼氏なんて言っていい関係じゃない。


「あ、そうなんだ。それは悪かった。てっきりいるものだと思いこんでた」


先生が申し訳なさそうに言う。


「いえ、いません。いたらいいんですけどねー」


笑いながら答える。

ふと、先生はもしかしたらこの間、あたしの鎖骨につけられたキスマークを見たのかもしれない、と思った。

だから、彼氏がいる、と?

いると嘘をつけばよかったのかもしれないけど、でも言えなかった。


彼氏と呼べない理玖の顔が浮かんでしまった瞬間、嘘はつけなかった。


< 43 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop