月下の逢瀬
先生の指先が、薄くなりかけた痕をたどる。


「や、止めて下さいっ」


「キスマークだらけだな。椎名がここまで赦す相手、どんな奴?」


ゆっくり肌を滑る指先を払おうとして、逆に手首を掴まれた。
もう片方の手も、同じように掴まれる。

身動きできなくなったあたしを、先生の目が、じっと見すえた。


「椎名は、そいつが好きなんだ」


「…………っ。先生に関係ない! 離して下さいっ!」


「関係ない、か」


先生の顔が、ふ、と寄って、胸元に降りた。
ちく、と痛みが走る。


「やっ、やだっ! やめて!」


この痛みは知ってる。

先生が顔を離すと、胸元には新しい痕が刻まれていた。

理玖のつけた、その上に。


「せんせ……、何で……ぇ?」


ショックで、涙がぼろぼろ溢れる。
赤黒い痕、この体につけていいのは理玖だけなのに。


「椎名が欲しいから」


先生は泣きじゃくるあたしに、静かに言った。


「椎名が気になって仕方ない。この体のしるし、全部俺が塗り替えたい」


先生の顔が、再び近付く。
いやだ、そう思っても拘束された体は逃げられず、あたしはぎゅっと目を閉じた。

ふ、とタバコの香りがした次に、頬にざらりとした感触。
つたう涙をなめとられていた。


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