月下の逢瀬
しまった、そう思った時には、遅かった。
先生の唖然とした顔に、名前を口にした自分を恨む。


「ち、違う。宮、本くんじゃ、ないです」


誤魔化さなくては。
動揺してぶれる瞳を、先生から逸らした。


「宮本じゃない? 顔はそうは言ってないけど」


先生が、じっとあたしを見ているのが分かる。


「でも。宮本くんじゃ、ないし」


「本当のこと言うまで、理玖のキスマークを消していくよ?」


顔が胸元に寄る。ふわりと息がかかった


「やだっ!」


暴れても、腕は自由にならない。


「宮本理玖?」


肌に触れた唇が、ゆっくりと聞く。
ぺろりと肌に舌が這った。


「……っ、……はい」


ぎゅ、と下唇を噛んで、短く答えた。


「なる、程。宮本理玖ね」


拘束された腕が自由になった。
ばっと体を離して、セーターをおろす。
手首はじんじんと痛んでいた。


「だから、椎名は自分を隠してるんだ。よくわかった」


「言わないでっ!」


何事か考える様子の先生に、叫んだ。


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