月下の逢瀬
あたしの顔は、どんな表情を浮かべてたんだろう。
無表情だったかもしれない。

そのあからさまな言葉に、体が動かなかった。


「うっそ。嘘だよ。脅してヤるのは好みじゃない。俺は椎名の気持ちも、欲しいから」


くすくすと先生が笑った。
タバコを車内の灰皿に押し付ける。


「今日はキスマークの確認がしたかっただけ。怖がらせてすまない」


「う、そ……?」


はあ、と深い息と共に聞く。
ようやく動いた体、その指先はかすかに震えていた。

「寝るっていうのが、ね。そうだな、友達以上、恋人未満、なんて感じでどうだろう?」


にこりと笑う。


「俺を一人の男として、見て。で、避けずにいてくれ。それが口止め。

怖かった? ごめんな」


ふ、と手のひらがあたしに近付いてきて、ぎゅっと目をつぶる。
手は、あたしの頭にふわりと降りた。

ゆっくりと髪を撫でる。
その手つきはさっきまでの強引さはなくなっていた。


「せんせ……、本気な、の?」


おそるおそる目を開けて、あたしを見つめる瞳に聞く。


「本気。冗談でこんなこと出来ないだろ」


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