記憶がありませんが、身体が覚えているのでなんとかなりそうです

19.線で繋がる

 あれからもエリックは不満全開だったから半ば諦めていたけれど、まさかの了承を得てしまった。と、いうのが数日前のこと。本日、私は以前エリックと来たカフェに再び訪れている。目の前にいるのは、あの日、約束をしたケイシーだ。
 
「この間の任務の後、調子はどう?」
「ありがとう。おかげさまで元気よ。」
「それは良かった。後から疲れが出ることもあるからさ」
 紅茶を飲みながらケイシ―は微笑んだ。皿に乗った可愛らしいケーキがよく似合う。大きく切り分けて美味しそうに食べる姿が意外に感じつつも、妙に納得してしまったのは見たことがあるからなのか?
「当分の間、難易度が高いものは控えさせてもらっているからかも」
「いや、あれでも中級レベルだったんだけど」
 呆れたように笑うケイシーに、曖昧に笑って返す。
 
 重傷になった任務以降は元々セーブをするつもりだったとエリックが言っていたから、ありがたい難易度だと思っていたのだけれど。
 この数年で増加した能力に慣れるため、特訓はしたものの完全に持て余していた。成長した自分を知れて嬉しい反面、知識が追い付けずもどかしい。いっそ難易度が高い任務で身体に任せたほうがいい気もするが、エリックが許してくれそうにないし、今回の件で相当心配を掛けさせたから無茶を言うのも気が引ける。記憶が戻るまでは、徐々に慣れていくしかないのだろう。

「だからこそゆっくりできるときは休まないと、ね」
「そうね。でもついつい身体を動かしちゃって……」
 攻撃主体の私やエリックはそういう時こそ修行や研鑽に励んでしまうところがあるのに、さすが補助や回復専門の魔導師らしい発言だ。それでも忙しい学園生活を思うと訓練をしていたとはいえ、ここ最近は暇で仕方がなかった。なんせ身体に負った傷は完璧に回復しているのだから。

「ラリアは頑張りすぎるから無理は禁物よ。エリックと同じ意見なのは癪だけど、無茶をしていないか目が離せない気持ちは分かるんだよね」
「あはは……?」
 ケイシーの棘のある発言に内心首を傾げる。
「まぁでも今回は復帰後初だったし、エリックが心配するのは分からないでもないけどね」
 ため息混じりに呟くと、ケイシーは可愛らしい顔を顰めた。あ、こんな表情もするんだ、と思うと同時にまたもや既視感があった。
「昔はあそこまでじゃなかったはずなんだけどね」
「そんなことないよ。ラリアの前では格好つけてただけ。今は自分の手の内にあるから、あからさまになったんだってば。……ほんと羨ましい」

(え……?)
 
 最後の小さい呟きが耳に入り、胸が痛みを覚えた。羨ましい……ってどういうこと? やっぱりケイシ―はエリックのことを……?

 直接聞く勇気はないけれど、だとしたら私のことを良くは思っていないのだろうか。こういうとき不器用な自分が嫌になる。

「あ、そうだ。ササルタの件だけど……」
 少しの沈黙のあと、私の口から咄嗟に出てきたのはエリックの話題を避け、今日の目的は果たすための質問だった。このタイミングで聞いていいのか分からないけれど……なんて心配をよそにケイシーの瞳が真剣な光を帯びて、思わず息をのんだ。

「うん、やっぱりエリックに縛られないで、夢を実現させるべきだよ」

「夢……」
 って何? 先ほどの思考から一転、頭が疑問で埋めつくされる。え? 夢……? 今の私の夢は魔術師になることだけど、『私』はもうその職に就いている。では何だろう、私の夢って!? 魔術師以外に何かあったっけ……?
「そのための第一歩として、三か月後に出発する使節団の魔術師として行くことに決めたんでしょ」
「へ……」
 
 なんと、やはり『私』はササルタに行こうとしていたらしい。そういえばエリックには反対されるから勅令だと押し切るって……。でもそれってめちゃくちゃ難しくない!?
 
 当時でさえ敵わなかったというのに、二十四歳のエリックにとても隠し通せるとは思えない。準備なんてしたらすぐに気付かれるはずだし、いくら勅令を盾にするとはいえ強行突破だなんて、エリックに通用するのだろうか?

「魔力を持て余している子供が、コントロールと魔術を学ぶ場所を作るのが夢だって教えてくれたじゃない。そのためにササルタに行きたいと話してくれたの、嬉しかったんだ」
「……そうなんだ」
 一番気になっていた部分が唐突に語られ、驚きつつなんとか返事をする。

 まさか私にそんな夢があったなんて……。 人から聞かされる自分の夢というよく分からない状況だけど、その理由はストンと腑に落ちた。
 
 幼い頃から魔力が多い故に苦労していたエリックを近くで見てきて、力になってあげたいと常に思っていた。大きくなるにつれて特訓をしてコントロールを覚えたけれど、それでも時々不安定になることはあって。たまたま優秀な魔導師である私の父が身近にいたことが幸いだった。私が逆に魔力を送ってあげれば中和できる、と分かってからは暴走することはほとんどなくなった。
 エリックほどの魔力量は珍しいが、そこまででなくとも幼い子が魔力を持て余すことは珍しくもない。ササルタは魔術師育成に力を注いでいるらしいので、留学した際にそこの出身であるケイシーに相談したのかもしれない。

 深く考え込んでしまって、ケイシーが育成についてつらつら話す言葉が頭に入ってこなかった。これではいけない、と再び耳を傾ける。
 
「……だから今回、ジェフリー様の護衛兼使節団員として、ラリアが指名されたのは運命だと思う」
「あっ、うん。……えっ!?」
 脳内にキラキラした少年の姿が浮かぶ。なるほど彼の護衛なら沢山人員も必要だろう。その身の貴さだけでなく、護らなければと思わせるような雰囲気が彼にはあった。では大勢いる護衛うちの一人、ということか。なるほど、『私』はササルタで夢を叶えつつ、護衛の任務もこなそうとした、と。点と点が線で繋がった気がした。
「そんなに驚かなくても。まぁ、運命ってのは言い過ぎかもだけど」
「はは、うん、そうね」
 驚いたのはそこじゃないけれど黙っておくために、ケーキを食べて誤魔化した。
 
「やっぱりラリアには自由に好きなことをしていて欲しいから」
「…………」
 
 まただ、と思った。
 
 エリックもまるで私が渋々結婚したかのような言葉を零すことがよくある。数日過ごしてみてエリックの溺愛っぷりは驚いたけれど、嫌どころかすんなりと受け入れられたし、寧ろ嬉しかったくらいなのに。どうしてなのだろう。ケイシーも私の結婚が本意でないと言っているように聞こえる。
 認めたくないからだろうか……チクリと棘が刺さったように心が痛む。

「ううん、今でも十分好きなことをしてるわ」
 本心からそう言ったのに、ケイシーは眉を下げて切なそうな表情を見せた。だから何故!?
 
(……もしかして)
 
 私がいなくなれば、気兼ねなくエリックと会えるから……とか!? 思いついてしまった仮定に我ながら衝撃を受けた。確かにエリックに想いを寄せているなら、常に一緒の私は目障りだろう。
 ――もしかして目覚めなければいいのにと思われていたなら、すごく悲しい。ケイシーとの記憶はないけれど、一緒にいて嫌な感覚はしないから、仲が良かったのは間違いないはず。それでもどこかでケイシーとエリックが二人で寄り添っていることを考えてしまう自分がいて。

 本当はエリックを見習って、疑ってかかるにしてもまずは様子を見るのが正しいのだろう。分かっているけれど気になることはさっさと解決したくて仕方がない。だから私が邪魔ならはっきりと言って欲しい。今更になって妻の座を渡すことはできないけれど、それならそう宣言することも重要なはず。
 
「ケイシーはどうするの?」
 声が少し震えてしまったのが自分でも分かった。できるなら逃げ出したい。厳しい訓練が待ち受けていても、そんなことを考えもしなかったのに。人を愛することで臆病になってしまうなんて知らなかった。
「え?どうって……」
 ドキドキと心臓がうるさくなる。エリックに迫られた時と違い、鼓動は激しいのに足先から血が引くような嫌な感覚だ。キッパリと言われるのか、それとも誤魔化されるのか。
 
「そんなの決まってるじゃない!ラリアと一緒にササルタへ帰る……っていうか行くよ」
「え……」
「当たり前でしょ。っていうかごめん!色々あったからちゃんと伝えてなかったかも。だってラリアがいない所にいても意味ないし」
 ケイシーの言葉を頭で反芻させる。……私が邪魔ではなかったということ?
「ラリア?」
「あっ!なんでもない」
 一気に気が抜けてしまった。力の入らない手で無理矢理カップを持って紅茶を一口飲めば、大きな溜息が出た。ああ、よかった。私は思っている以上にエリックに執着しているらしい。

「さ、これ飲み終わったら、僕のオススメの魔道具の店に行こ?」
「……ん?」
 ケイシーって『僕』って言ってたっけ……? フワフワと柔らかそうな髪質に大きな瞳に長い睫毛。絵本の妖精のように可愛らしいのに、私のなかで『僕』というケイシーはとてもしっくりときていた。しかし今更疑問を口にしたところで、怪しまれたら記憶のことまで話さないといけなくなるかと考えて、紅茶と一緒に流し込んだ。
< 19 / 35 >

この作品をシェア

pagetop