「どうか、」
「ぎゃ!!やばい見てエミ、スカート絞れるのだが」
先陣を切って軒先に飛び込んだ叶永(カナエ)が、私を呼んでそう振り返った。
ぼたぼたと水を落とすスカートは文字通りずぶ濡れで、まだぎりぎり濡れていなかったアスファルトにも容赦なく色を付ける。
わたしは彼女のそういう勢いづいた所が昔から好きで、この雨で結構落ち込んでいたのに思わずふ、と笑ってしまった。
叶永はいつもこうだ。こうして凍り始めた心を、いつも溶かしてくれる。
「エミ?平気?寒くない?」
その上さらにそんな言葉を掛けてくれるものだから、なんだかもうむしろ暖かいような気さえして来て。
ああ好きだな、って思った。
叶永の優しさはいつだって真っ直ぐだ。
たぶん心の奥底が本当に暖かいから、そこから生み出されるどんな言葉も同じ温度を帯びているんだと思う。
「だいじょぶ!!ありがとう、ていうか叶永ごめん、それ重いよね荷物変わる!」
「え!いいよ、こういうのは力のある人間が持った方がいい」
「……ふたりの、花火だもん。一緒に持ちたい」
「か、かわいい!!!」
「エ」
「今の可愛すぎんかおい。彼女にしたい。でも待ってエミは早川の彼女だった。え、どうする?二股する気ない?」
「と、とりあえずいっかい落ち着いて叶永、花火めちゃくちゃ濡れてる」
「あっ!!なんてこった!!ごめん!!」
ドサバサ、慌てて軒下に身をすくめる叶永を見てまた笑う。
そうしてそのまま、彼女の持つ袋を半分引き受けた。
引き受けた、と言ってもこれは二人で買ったものだ。
線香花火。
季節外れなことは重々承知なので、この6月によくまあ見つかったなと思う。
「雨やまないよねえ、さすがに」
そうだ。季節外れだ。
何せ今は梅雨。夏はまだ来ない。
「……火、つくかな」
けれどどうしても、仕方がなかった。
だって今しか無かったのだ。
「まあでも、付かなくても、やるもんね!」
「……うん!!」
───わたしたちに、夏はもう、来ない。