「どうか、」
叶永が明日、転校する。
それを聞いたのは先月だった。
なんの前触れもないまま、私に残された彼女との学校生活は1ヶ月ぽっちになったのだ。
彼女自身も急に決まったことだったらしく、それを知って初めて二人で話そうとしたとき、困ったように笑っていた。
わたしも何を話せば良いのかわからなくて、口を開けば弱々しい言葉が出てしまいそうで。
目を伏せてしまったわたしを、叶永がただそっと抱きしめてくれた。
その瞬間の温度を、多分この先もずっと覚えている。
「そういえばさ、初めて話したのも雨の日だったの、覚えてる?」
「え、覚えてる!私が一目惚れしてエミに話しかけたんよな」
「あは、うん。傘に、ね」
新しい季節を迎えた日のことだった。
初めてのクラスで、わたしは知ってる人が誰もいなくて。
どうしよう、って立ちすくんでる時に、叶永が声を掛けてくれたんだ。
『その傘かわいい!!メロンソーダなの!?』って。
「結局全然、ただの半透明の緑だったんだよね」
「いやまじ恥ずかしい。違うねん、なんか可愛い子いるなと思って話しかけたくて焦った」
「なんでそんなナンパみたいなノリなの、嬉しいけど」
「実質ナンパみたいなもんじゃん!でもあれがあったから今エミと花火できてるんだよね。良い思い出だ」
「……うん」
叶永と居るのが楽しい。
過去の中をのぞいても、今この瞬間も、幸せでたまらない。
……その分。
「……花火、いっそ火つかないで欲しい……」
「え!なんで!?今めちゃくちゃ頑張ってるんだが!あともうちょっとな気がする」
「うう…………」
唸るわたしの横から、「あ!ついた!」なんて声が上がる。
絶対的に校則違反だよね、と笑いながらこっそり持ち込んだライターは、思いのほか優秀だったらしい。